オオサカジン

  | 高槻市

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Posted by オオサカジン運営事務局 at

2018年06月30日

蜻蛉の滝:森と水の源流の里、吉野川上村


森と水の源流の里といわれる吉野川上村に蜻蛉の滝を訪ねました。
11代雄略天皇がこの地で狩りをした時、突然大きい虻(アブ)が、天皇の肘にかみつこうとしたとき、蜻蛉(きつ:トンボ)飛んできて虻に噛みつき殺してしまったので天皇は大いに喜び、この地を蜻蛉野(あきつの)と名付けました。
この伝説にちなみここにある滝を蜻蛉の滝と呼ぶようになりました。吉野の青根ケ峰を源流とする音無川が吉野川源流に注ぐすぐ手前にある蜻蛉の滝は、高さ約50mの水量豊かな滝で、天気の良い日には虹がかかることから虹光(にじっこう)の別名もあります。 飛沫が太陽の光に映えて虹を浮かびあがらせる様子はひときわ美しく「紀伊半島自然100選」にも選定されています。
通常は滝の中ほどにる展望台から眺めますが、急ならせん階段を下りたところからは滝の上部から目の前の滝つぼまで、全体を眺めることができ、さらに上に登ると滝のすぐそばから滝を見下ろすことも出来ます。

下の展望台から滝つぼ


一枚では収まらないので上下を繫ぎパノラマとしたが迫力はかえって減殺された?

滝の上から落ち口を望む

滝の手前はあきつの小野公園となっており、広場には自然の苔むしろが広がっています。
万葉集の「連絡先み吉野の青根が峯の蘿(こけ)むしろ 誰か織りけむ経緯(たてぬき)無しに」歌は、音無川の源流である青根ケ峰の苔の美しさを詠んだものとして知られています。
最近でこそ外国人も含めてブームといわれる苔人気ですが、万葉人が詠んだこの歌は、さしずめ苔の美しさを認めた最も古い記録といえそうです。

あきつの小野公園の苔の庭(自由に立ち入れるのがうれしい)


音無川:世界最大のカワトンボというミヤマカワトンボが見られた。雄略天皇を喜ばしたトンボがこれかもと思えば古代のロマンも広がろうというもの






  

Posted by むかご at 11:30Comments(0)

2018年06月23日

安土城跡に登る


整備された大手道とその周辺

ラコリーナ近江八幡(前回記事)のあと、安土城跡にまわりました。
天主址までの階段が405段と聞いて脚力を考え一瞬ためらいましたが思いきって登ることにしました。安土城は、織田信長によって、現在の安土山に建造され、天主の高さが約32メートル、それまでの城にはない独創的な意匠で絢爛豪華な城であったと推測されています。
しかし、本能寺の変で信長が死んで間もなく焼失し、完成後わずか3年で廃城となります。
現在は石垣などの一部の遺構を残すのみですが、当時実際に城を観覧した宣教師ルイス・フロイスなどが残した記録によって、焼失前の様子をうかがい知ることができます。
滋賀県では1989年(平成元年)から長期計画で安土城の発掘調査を実施し、南山麓から本丸へ続く大手道、通路に接して築造された伝羽柴秀吉邸や伝前田利家邸、天皇行幸を目的に建設したとみられる内裏の清涼殿を模した本丸御殿などの当時の状況が明らかとなり、併せて石段・石垣が修復工事が行われました。
調査はひとまず2009年に終了しましたが、その間で調査が実施されたのは史跡指定面積の約20%Nakamuraにとどまり、50年から100年も必要とされる全域の調査は将来にゆだねられることになっています。
大手道やその沿道の石垣などは大規模な復元事業で整備されたもので、原型通りかは窺い知ることは出来ませんが、この膨大な石材の多くは廃城のものを転用しているはずなので、それなりに古い歴史を語っているものともいえそうです。

黒金門址付近の石垣


本丸跡:信長が天皇を招き入れる考えで御所清涼殿を模した構造になっていたと伝わる


天主台址

天主台址から琵琶湖方面を望む(築城時はお城下まで琵琶湖の内湖だった)


信長が天正年間に甲賀から移したと伝わる総見寺の二王門










  

Posted by むかご at 16:03Comments(0)

2018年06月19日

ラコリーナ近江八幡


正面入口になる草屋根の家

妻が結構面白いというので、単なるお菓子屋さんではないかと半信半疑でラコリーナ近江八幡へ行ってきました。
まず驚いたのが広大な駐車場がほぼ満杯だったことです。
建物の方に近づくと、オカメザサの前庭の正面に、草屋根と名付けられた緑(苔)の屋根をもつ異様な建物が迎えてくれます。
この建物内はすべて近江八幡の老舗菓舗たねやの和洋菓子類の販売店となっています。
ラコリーナとは、フランス語で丘を意味し、建物を含めた全体は自然建築デザインで知られる藤森照信氏の設計になっています。
草屋根の家を通り抜けると、突然視野が広がり田畑や小川を配した自然の姿が演出されています。

構内のパノラマ写真


たねやグループの本社


和菓子の木型

お菓子や土産物の店以外は、一品だけのランチメニューがあるごく簡単なカフェがあるだけで、商売としてはあくまでもたねやグループの和洋スイーツの販売店に徹した造りになっています。

唯一のカフェレストラン「栗百本」(クリの木の柱が林立する)

入場者の多さは駐車料、入場料共にフリーで、広いみどリの構内を散策できることにあると思われますが、長い行列が続く販売店内の賑わいぶりをみると、この大がかりなしかけでも、結構採算が合っているのだなと感心していました。
何回も行くかどうかは別にして、一回は行ってもよい、充分楽しめたラコリーナ近江八幡でした。
  

Posted by むかご at 15:19Comments(0)

2018年06月18日

高槻市で震度6弱!!

18日午前7時58分、大阪北部で強い地震がありました。
ちょうど小学生の見守り活動していた時で、その瞬間小学生がコンクリート壁にしゃがみこんだのを目撃、すぐ立ち上がって歩き出したので安心したが、後で市内寿栄小学校で小学生が壁で圧死したと知り本当にぞっとする光景でした。
茨木市では子供見守り隊の方がやはり倒れてきたブロック塀の下敷きになって亡くなられたとか。
他人事と思えないこのつの事件、身近なものとして心に残る地震となりました。
  

Posted by むかご at 13:17Comments(0)

2018年06月12日

山陰海岸ジオパーク巡り(終)

鳥取県、兵庫県、京都府とひたすら車で走った山陰海岸ジオパーク巡り京丹後市丹後半島で終わりです。
久美浜湾を過ぎたあたりから道は再びR178と合流し、丹後半島北側基部網野町に入ってゆきます。
「鳴き砂」で有名な琴引浜は、関西を代表するビーチの一つで、日本の音風景百選、日本の渚百選、日本の白砂青松百選、京都府の自然二百選など数々の選定も受けていて、水質のよいことでもしられ、人気の海水浴場となっています。

鳴き砂の琴引浜

さらに東へ向かい、古代の伝説を残す間人の町を過ぎると、丹後松島といわれる美しい景観が続きます。

丹後松島

経ケ
岬も近い

ジオパーク巡りの終着点丹後半島突端の経ケ岬灯台は、駐車場から海へ体を乗り出すようにして僅かに眺めることができました。

丹後半島突端経ケ岬


海抜148mの断崖に立つ経ケ岬灯台。明治31年設置、国内で5ケ所しかない第一等灯台


経ケ岬からは引き続きR178で丹後半島東側をとおり、たびたび訪れたことがある浦島神社、伊根の舟屋、傘松公園、天橋立などは黙殺して、一路家路を急ぎ、午後6時半、合計500㎞、免許返上前のおそらく最後のロングドライブを無事走り納めました。
  

Posted by むかご at 08:18Comments(0)

2018年06月11日

山陰ジオパーク海岸巡り⑥久美浜湾と小天橋

山陰海岸ジオパーク巡りは終盤近くに差し掛かります。左に小天橋への道標があり、山坂道を下ってゆくと急に視界が開け久美浜湾が見えてきました。
久美浜湾は、京丹後市の日本海沿いに広がる潟湖(せきこ・ラグーン)で、日本海に面しており、山陰海岸国立公園に含まれています。
湾と称していますが、小天橋と呼ばれる砂州によって日本海と隔てられている汽水性の潟湖で、小天橋は三つの河川から流出する土砂からできていて、天橋立に似た景観をつくっていることからこの名がついたといわれています。
久美浜湾と日本海の間には、1913年(大正2年)に人工的に開削された、幅30mの水戸口と呼ばれる運河状の細い水路が通じていますが、閉鎖性が高いことから内湾と外海の水の交流が悪く、さらに川から淡水の流入があるため、湾内は年々淡水化していることから。潮流を改善し、漁場を清浄化するために水路の拡張工事がおこなわれたりしています。
面積7.18㎢の湾面は、久美浜湾のシンボルである東南岸の兜山、北西岸の如意寺岳名護に囲まれて、なにやら、異国のリソート地を思わせるような雰囲気があります。
異国のリゾート地の雰囲気も、南西部湾岸のレストランから


北西部・如意寺岳ば見える


右側に兜山


小天橋のロングビーチ

小天橋は日本海と久美浜湾を隔てる長く美しい砂州で、海水浴場になるほか、トウテイランをはじめとする海浜植物の宝庫となっているのですが、時間的に割愛せざるを得ず残念でした、。

  

Posted by むかご at 09:46Comments(0)

2018年06月10日

山陰海岸ジオパーク巡り⑤香住・今子から御待崎・気比の浜

山陰海岸ジオパーク巡りは、餘部空の駅を過ぎるあたりから城崎方面へ方面へ向かうR178を離れ、ひたすら海岸沿いの路を東へ進みます。
香住・今子の展望台からは日本の夕陽百選に選ばれている海の景色です。

香住・今子展望台から西方向


香住・今子展望台から北東方向

豊岡市に入ると日本の風景街道・但馬海岸ラインとあって、御待崎からは日和山海岸越しにはるか彼方に、山陰海岸ジオパーク巡りの終着点丹後半島経ケ岬が遠望できました。



峠から4㎞気比の浜です。
但馬地方を縦断し日本海に注ぐ円山川と気比川に挟まれた遠浅の砂浜で、夏には海水浴客で賑わう



  

Posted by むかご at 10:48Comments(0)

2018年06月09日

山陰海岸ジオパーク巡り④餘部空の駅


旧鉄橋脚と展望台

R178を東へ向かい浜坂温泉を過ぎたあたりから道は山間部に入りやがて下りきると旧餘部鉄橋に至ります。
明治45年の完成から約100年間、JR山陰本線の運行を支えてきた余部鉄橋は、昭和61年12月、33mの突風にあおられて折から通行していた会葬者が転落、死者・重傷者各々6名という大惨事になりました。
平成22年8月、新しくコンクリート橋に架け替えられ、JR餘部駅側の3本の橋脚は現地保存され、餘部鉄橋「空の駅」展望施設として生まれ変わりました。
また、余部橋梁下には、展望施設へのアクセス通路や公園もあり、芝生張りの自由広場や餘部鉄橋の橋脚跡を活用した東屋などがあり、観光客を集めています。
エレベーターで登る地上高約40mの展望施設からは眼下に日本海、また時刻になれば新橋を通る列車をカメラに収めることができます。

餘部駅


新線路と残された旧線路の一部


ちょうど列車が通過してゆきました




  

Posted by むかご at 07:08Comments(0)

2018年06月08日

山陰海岸ジオパーク巡り③ 七坂八峠展望台



山陰海岸ジオパーク巡り第2日は、浦富海岸を出発し、主にR178をできるだけ河岸沿いに丹後半島東端経が岬へのロングドライブです。
しばらく行くと、新温泉町居組の七坂八峠展望台に至ります。この変わった名前の由来はわかりませんが、”撮ってチョー”と書いた撮影台などもあるくらいで、見事な展望がひろがっています。
右下をみると居組港があり、丸い形の複数の山が見えていました。
  

Posted by むかご at 08:25Comments(0)

2018年06月07日

山陰海岸ジオパーク巡り② 陸から浦富海岸

遊覧船で海から島めぐりした後、陸に上がり、陸からの海岸の景色を楽しみました。
城原海岸展望台から


城原海岸展望台から


城原海岸から黒島

浦富海水浴場

浦富海水浴場から向島


浦富海岸の夕暮れ

海岸沿いのR178からは、ジオパークの景観が途切れることなく続きます。

泊まりは浦富海岸すぐ近くのペンション、夕食には当日解禁の岩牡蠣、4種類の海老など朝獲りの海鮮と但馬牛の取り合わせと、これは予想外の”あたり”でした。








  

Posted by むかご at 07:38Comments(0)

2018年06月06日

山陰海岸ジオパーク巡り①浦富海岸島めぐり遊覧船


NHKの”ブラタモリ”に触発されてにわかに地質に興味を持ち始め、手始めにユネスコ世界ジオパーク認定の山陰海岸ジオパークを訪れました。
山陰海岸ジオパークは、鳥取県(岩美町・鳥取市)兵庫県(豊岡市・香美町・新温泉町)、京都府(京丹後市)にまたがる広大なエリアを有しており、山陰海岸国立公園を中心に、京丹後市の東端から鳥取市の西端まで、東西約120km、面積は2458.44㎢で、東京都よりひとまわり大きい広さになります。 今回の旅は鳥取県岩美町か丹後半島東端経が岬までのロングドライブです。
山陰海岸ジオパークの最大の特徴は、約2,500万年前にシベリア東沿岸が地殻変動によって裂けて日本海を形成し、これに伴い山陰海岸一帯が、日本海の海面変動や地殻変動によって形成されたリアス海岸や砂丘をはじめとする多彩な海岸地形、火成岩類や地層など貴重な地形・地質遺産を数多く観察できることです。
日本海形成から現在に至る様々な地形や地質が存在し、それらを背景とした生き物や人々の暮らし、文化・歴史に触れることができる地域であり、また、一帯は山陰海岸国立公園とも重なる風光明媚な景観となっています。
今回のジオパーク巡りは鳥取県岩美町の浦富(うらどめ)海岸の島めぐり遊覧船から始めました。
遊覧船は日本百景、平成にっぽん観光地百選、日本の白砂青松百選、二本の渚百選などにも選ばれている浦富海岸を約50分かけて巡ります。日本列島誕生の壮大なドラマが刻まれた地質遺産を巡るといううたい文句そのままに荒々しさとダイナミックな景観を堪能する巡行でした。

千貫松島


白粉の断崖(白いのは海鳥の糞


太郎兵衛島


菜種五島


岩燕の洞門


遊覧船から望む鳥取砂丘


  

Posted by むかご at 13:27Comments(0)