2015年01月17日
竹の郷の「竹林公園」

竹林公園への道
少し調べたいことがあって、急に思い立ち京都洛西の「竹林公園」へ行ってきました。
阪急洛西口からまだ田圃の残るのどかな道を歩いて約30分あまり、小高い山にかかると、きれいに整備された竹林の道が続きます。
京都市が開発した洛西ニュータウンの記念事業として昭和56年に開園したこの公園は、竹・笹を主体にした回遊式庭園として珍しく、全国的にも知られています。事実入り口の来園者名簿には岐阜県のひとや、外国人の記帳もありました。
入園無料というのもうれしく、往復のウオーキングを含めて気持ちのいい半日を過ごせました。

庭園

庭から資料館

きれいに手入れされた筍園
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08:32
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2015年01月15日
熊野那智に初詣で

松の内も最終日にちかい14日、片道5時間のバスに乗って、熊野三山の一つ熊野那智大社、西国33所青岸渡寺に初詣をしました。熊野那智大社の別宮、飛瀧神社のご神体の那智の滝は、真新しい注連縄が飾られて、冬場としては水量も豊かに流れ落ちていました。


6回目の那智参詣でしたが、以前さしたる苦労をした記憶がない那智大社、青岸渡寺へ登る473段の石段が、今回は喘ぎ喘ぎの登りとなり、つくづく足の衰えを感じさせられるお詣りとなりました。

西国33所一番青岸渡寺

熊野三山の一つ熊野那智大社
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18:40
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2015年01月12日
コミミズクにバーダー大集合

コミミズク

野鳥愛好家のカメラの放列
友人の野鳥愛好家から水無瀬の淀川の河川敷に珍しいコミミズクが来ているという年賀メールがあり、新聞のニュースも出たこともあり、野鳥については素人ですが見に行ってきました。
コミミズクはフクロウの仲間で、冬鳥として日本に越冬しに来るそうです。ハリーポッターの映画にも登場するユニークな顔の持ち主といわれるだけあって人気があるとは思っていましたが、予想を超えて堤防に1kmを超えるほどの長いカメラの放列が連なっていたのには驚きました。
なかなか姿を確認できないなかで、教えてもらった1羽を、300mの普通のデジカメで狙いました。何とかそれらしい姿が写っていたので、素人としてはこれで十分と満足して帰りました。
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06:55
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2015年01月10日
同志社墓地に詣でる
山科から山道をとり七福思案処を越えて、南禅寺、永観堂の裏にあたる東山の中腹を北へ向かい、京都への降りに入ってしばらくのところ左京区鹿ケ谷若王子山町に同志社墓地がありました。
ここには、創立者新島襄をはじめ、妻新島八重や山本覚馬、徳富猪一郎、同志社関係の宣教師たちが一堂に会するといった形で眠っています大河ドラマ「八重の桜」が放映されていたのが平成25年、当時は結構訪れる人も多かったそうですが、寒さ厳しい冬の墓地はひっそりと静まり返っていました。
新島襄の墓

新島八重の墓

八重の兄山本覚馬の墓

八重の母山本久栄の墓

徳富蘇峰の墓(墓銘は自筆)
新島襄の墓は昭和61年不慮の事故により倒壊し、勝海舟揮毫の碑銘をそのまま写し刻んだ新しい墓石となっています。譲と八重ゆかりの人々のお墓を拝んでいると、ドラマでそれぞれの人物に扮した俳優の顔で浮かび上がって少々奇妙な感じでした。
熊野若王子神社から山道を徒歩で25分ほども登ったところにあるこの墓地は若い人でないと少々きつそうです。山科側からの登り道の途中で同志社大学の名前が入った竹の杖が置いてあり、なぜだろうといぶかりながらお借りしましたが、ずいぶん助かりもし、納得もし、でした。
ここには、創立者新島襄をはじめ、妻新島八重や山本覚馬、徳富猪一郎、同志社関係の宣教師たちが一堂に会するといった形で眠っています大河ドラマ「八重の桜」が放映されていたのが平成25年、当時は結構訪れる人も多かったそうですが、寒さ厳しい冬の墓地はひっそりと静まり返っていました。

新島襄の墓

新島八重の墓

八重の兄山本覚馬の墓

八重の母山本久栄の墓

徳富蘇峰の墓(墓銘は自筆)
新島襄の墓は昭和61年不慮の事故により倒壊し、勝海舟揮毫の碑銘をそのまま写し刻んだ新しい墓石となっています。譲と八重ゆかりの人々のお墓を拝んでいると、ドラマでそれぞれの人物に扮した俳優の顔で浮かび上がって少々奇妙な感じでした。
熊野若王子神社から山道を徒歩で25分ほども登ったところにあるこの墓地は若い人でないと少々きつそうです。山科側からの登り道の途中で同志社大学の名前が入った竹の杖が置いてあり、なぜだろうといぶかりながらお借りしましたが、ずいぶん助かりもし、納得もし、でした。
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18:41
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2015年01月09日
天智天皇御廟野古墳


8日、初ハイキングとして、山科から天智天皇御廟野古墳を拝み、七福思案処を越えて、同志社墓地から熊野薬王寺神社、法然院、銀閣寺、南禅寺へ至る約8.5㎞、約5時間の歩きでした。
天智天皇御廟野古墳は京都市山科区にあり古墳時代終末期の古墳である八角墳で、宮内庁により「山科陵として第38代天智天皇の陵に治定されており、飛鳥の天武・持統合葬陵とともに数少ない確かな天皇陵に数えられています。
疏水沿いの道からは何回か御陵の裏側を見たことがありますが、表からお詣りするのは初めてです。
整備された長い参道は数ある陵のなかでも立派なものでした。
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14:02
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2015年01月05日
金閣寺雪景色

金閣(パノラマ・左右にスクロールしてください)
1月4日、京都は61年ぶりの22センチの積雪でした。京都三弘法詣りで御室仁和寺から神光院に向かう途中、せっかくの機会だからというので金閣寺へ立ち寄りました。
白い雪を戴いて金閣は金色に照り輝いていました。
初詣の客に加えて外国人の旅行者もおおく、順路では渋滞も発生する大混雑です。苦労して人の頭越しに金閣を撮影しましたが、もしかしたら群衆を撮った方が絵としては面白かったのにと後悔しました。
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09:21
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2015年01月04日
京都三弘法詣
昨年12月に四国八十八カ所遍路を無事に結願し、その御礼まいりとして1月3日、京都三弘法の東寺(教王護国寺)、仁和寺(御室仁和寺)、神光院(北の弘法)を巡拝してきました。
もともと京都の三弘法めぐりは江戸中期にはじまり、京都では四国八十八ヵ所巡礼にいく人は出発前に無事を祈ってお参りし、帰ったら必ずお礼参りする風習があったそうです。
特に正月三ケ日または正月から2月3日の間にお詣りすれば一年中の厄除けになるというので、今では四国遍路に関係なく、多くの人々の信仰を集めています。
おりしもその日は京都中心部で61年ぶりという22㎝もの積雪で、心を洗われるような雪景色の中、お礼参りを納め終えました。

御室仁和寺金堂(国宝)

仁和寺五重塔

神光院山門

神光院本堂

東寺金堂(国宝)

東寺御影堂(大師堂・国宝)

東寺五重塔(国宝)

四国遍路結願証明と京都三弘法朱印帳
もともと京都の三弘法めぐりは江戸中期にはじまり、京都では四国八十八ヵ所巡礼にいく人は出発前に無事を祈ってお参りし、帰ったら必ずお礼参りする風習があったそうです。
特に正月三ケ日または正月から2月3日の間にお詣りすれば一年中の厄除けになるというので、今では四国遍路に関係なく、多くの人々の信仰を集めています。
おりしもその日は京都中心部で61年ぶりという22㎝もの積雪で、心を洗われるような雪景色の中、お礼参りを納め終えました。

御室仁和寺金堂(国宝)

仁和寺五重塔

神光院山門

神光院本堂

東寺金堂(国宝)

東寺御影堂(大師堂・国宝)

東寺五重塔(国宝)

四国遍路結願証明と京都三弘法朱印帳
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14:10
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2015年01月01日
謹賀新年
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

2015年1月1日午後4時撮影
大晦日から元日にかけて天気が急速に悪くなる予報が、歳が変わる時刻には晴れあがり、月夜に照らされて、例年通り安岡寺で除夜の鐘つきはとなりました。
年賀状の整理をして初詣にでもと思っていたら、妻の悲鳴に似た声に窓の外を見ると、ついさっきまでちらほらの雪が大雪になり、一面の雪景色になっていました。
新年早々のこの荒れ模様、風雨強かるべしの予兆なのか、あるいはもろもろの穢れを浄めての新しい年の門出なのかなどと考えながら、
あきれながら雪景色を眺めています。
一時間後雪はまだ降り続いています。明朝東京へ帰る予定の娘と孫娘が心配しています
本年もよろしくお願いいたします。

2015年1月1日午後4時撮影
大晦日から元日にかけて天気が急速に悪くなる予報が、歳が変わる時刻には晴れあがり、月夜に照らされて、例年通り安岡寺で除夜の鐘つきはとなりました。
年賀状の整理をして初詣にでもと思っていたら、妻の悲鳴に似た声に窓の外を見ると、ついさっきまでちらほらの雪が大雪になり、一面の雪景色になっていました。
新年早々のこの荒れ模様、風雨強かるべしの予兆なのか、あるいはもろもろの穢れを浄めての新しい年の門出なのかなどと考えながら、
あきれながら雪景色を眺めています。

Posted by むかご at
16:44
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