オオサカジン

  | 高槻市

新規登録ログインヘルプ


スポンサーリンク

上記の広告は、60日以上更新がないブログに表示されています。
新たに記事を投稿することで、広告を消すことができます。  
Posted by オオサカジン運営事務局 at

2013年11月29日

東近江大凧会館  


判じ絵の大凧、これで”心身健やか”


隠れ里「木地師の里」の帰途、東近江大凧会館に立ち寄りました。
もともと子供の出生を祝って端午の節句に凧を揚げたのが始まりで、最初は小さかった凧が、近郷の村の競争心、琵琶湖からの適した風、凧を揚げるに適した沖ケ原などの条件が揃い、凧は次第に大きくなり、最大は明治時代の畳250枚相当の大きいものまで現れたといいます。
戦後結成された保存会により、昔ながらの大凧の技術がうけつがれ、いまでは国の無形民族文化財に指定されています。
毎年5月に催される大凧祭りはTVで紹介されるなど全国的に有名な行事となっています。
面白いのは畳100枚分という大凧が判じもんといわれる駄洒落のデザインになっていることです。
たとえば会館に展示されている最近の大凧(写真)は、上部に描かれている2匹の(たつ)“辰”を“しん”と読ませて”しんしん=心身“、下の”健“が”すこやか“で「心身健やか」と判じるというのです。
駄洒落もここまでくるとあほらしいというよりは、一生懸命に頭をひねっている地元の人々にご苦労さんと言いたい気持ちになりました。

展示されているさまざまな凧



訪れた日の前日に亡くなった島倉千代子のサイン(右下)


  

Posted by むかご at 19:09Comments(0)

2013年11月27日

東近江の隠れ里「木地師の里」 

白州正子の「隠れ里」で読んだ東近江市小椋谷の「木地師の里」はかねてから一度訪れたいと思っていながら、観光バスも入れない山奥と聞いて半ばあきらめていたところに、たまたまある団体がマイクロバスを出すというのでこれ幸いと参加しました。
紅葉で知られる永源寺を対岸に見て愛知川沿いにのぼり、わき道を山に入るとやがて今では住民が一人もいないという小さい集落跡があり、さほど大きくない筒井八幡宮とその傍らに木地師資料館などがあって、木地師の里に入ったと知れます。

筒井八幡宮



手引きのろくろ盤



正親町天皇綸旨



筒井公文所の木札



古い能面


さらに細く曲がった山道を上ると木地師の伝承を色濃くとどめている君ケ畑があります。
文徳天皇の第一皇子惟喬親王は、当然皇位を継ぐべきところ、藤原家の威光をうける弟の惟仁親王(清和天皇)に先を越され失意のうちにこの山中に籠居されます。
親王はこの地に良材が多いから器の木地を作らせるといいということで杣人に木を切らせ、親王自らが轆轤を引くことを教えます。
良材が乏しくなるとこの地に住んでいた多数の木地師が全国に分散して行きます。このころからこの地は全国の木地師を統括することになり、惟喬親王の権威に名を借りて、筒井公文所などが諸国の木地師の山への立ち入りや伐材の許可証や諸国関所の通行手形を交付するなどの特権が与えられて全国の木地師の本拠地のような存在となります。

日本国中木地屋之御氏神の石標



大皇器地之祖神社


君ケ畑にある大皇器地之祖神社は惟喬親王を祭神としています。社前にある「日本国中木地屋之御氏神」と刻まれた石標はこの地に伝わる伝説・信仰を余すところなく表現して、決して大げさではないと白州正子もいっています
すぐ近くに親王が住まわれたという金龍別称高松の御所があり、親王の墓と伝わる円墳があります。

金龍別称高松の御所



伝惟喬親王墓所


もっとも親王にまつわる墓や伝説は各地にあり、異説も多いそうですが、この地に残るかつての木地師の間に残る強烈な信仰と伝説は疑うことができない歴史上の事実といえます。
ご多分にもれず過疎地域となっているこの地には、今では轆轤を回して盆などの木地を作っている人はわずかに一人だけとなっており、その材料もすべて域外からの仕入れと聞きました。

地域でただ一人の轆轤師Oさん



仕上げ前の木盆

  

Posted by むかご at 18:53Comments(0)

2013年11月25日

錦秋湖東三山と永源寺

11月21日久しぶりに紅葉の湖東三山と永源寺を訪れました。
心配していた異常気象や台風18号などの影響がまったくなく、それぞれに見事な紅葉でした。

永源寺



百済寺



西明寺



金剛輪寺


スライドショウに作りましたので下記リンクでご覧ください。
永源寺


湖東三山


  

Posted by むかご at 15:32Comments(2)

2013年11月15日

京都水族館 



梅小路の蒸気機関車館近くの梅小路公園内に2012年3月開館した京都水族館があります。
“水とともにつながる命“をコンセプトにしたこの水族館は、川の恵みから海にいたるつながりと 、多くのいのちが共生する生態系を再現しており、珍しく海岸から離れたところにある水族館としても人気を呼んでいます。
ここの売り物の一つは、外からも、JR京都線や新幹線の車窓からも見えるというイルカショウです。
この日も遠足で来た小学生・幼稚園児から車椅子のお年寄りまで幅広い年代層の見物客で賑わっていました。
水槽の中でのダイバーの餌やりや、イルカショウなどは人間と生き物との交流を示していて人気ですが、“面白うてやがて悲しき…”の芭蕉の気持ちにさせられてもいました。








ところで、この水族館は梅小路公園の一角にあるので、京都市が運営しているとばかり思っていましたが、念のため経営母体を訊ねると、京都市はまったく関係なく、すべて金融からプロ野球まで多岐にわたる事業を展開しているO社の経営によると聞いてびっくりでした。
  

Posted by むかご at 16:48Comments(1)

2013年11月14日

梅小路蒸気機関車館 


往復10分のSL運行


鉄道マニアでないので、梅小路へは何回も行っていながら入ることもなかった蒸気機関車館へグループで行ってきました。
ここは昭和47年に日本の鉄道開業百周年を記念して、貴重な文化財である蒸気機関車を公開し後世に伝えるために開設されました。本館は日本最古の木造駅舎である旧二条駅舎がつかわれており、重要文化財である扇形車庫と転車台、動態保存されているものを含む各種の蒸気機関車などが展示されています。

扇形車庫と転車台


お召し列車の内部の展示なども面白く、入場料と別に200円を張り込んで、幼稚園児で満員の“SLスチーム号”に乗り込み、昔懐かしい煤煙の匂いを嗅ぎながら約10分間のSLの旅を楽しんだりしました。

園児でいっぱいのSLスチーム号


  

Posted by むかご at 10:22Comments(1)

2013年11月13日

神話の里:奥出雲町 

朝早く吾妻山に登った後、車で時間ほどで行けるというこれも神話の町奥出雲町に立ち寄りました。
その昔高天原を追放されたスサノオノミコトが、今の奥出雲町の鳥髪の里に降り立ちます。川上から箸が流れてきたのを見て上流に人がいると察し川を上ると、ヤマタノオロチに娘を毎年一人ずつ食べられて今は一人にだけ残っていると泣いている老夫婦に出会います。有名なおろち神話の始まりです。
この町には古くからのたたら製鉄にまつわる遺跡や資料館なども多く残されています。
有名なのは天下の奇勝といわれる“鬼の舌下震”で、斐伊川の支流大馬木川の急流が長年にわたって黒運も花崗岩を侵食して出来上がった奇岩、巨岩がつらなります。一周約2kmのコースは、川近くのアップダウンのある古い遊歩道と、最近整備された川を見下ろすバリアフリーの木道と2種類があり、老若男女誰でも自然美を楽しめるようになっています。

舌震の"恋"吊橋(バリアフリー遊歩道)





鬼の舌震の奇岩群




町外れにはスイッチバックとトロッコ列車で知られるJR木次線があり、その近くを“奥出雲おろちループ”国内最大規模の2重ループ式道路国道314号線も通っています。






国道315号の”奥出雲おろちループ”


  

Posted by むかご at 10:59Comments(0)

2013年11月10日

神話の山・吾妻山に登る 



2013年11月2日、比婆道後帝釈国定公園に属し、広島県庄原市と島根県仁多郡奥出雲町との境にある標高1239mの吾妻山(あづまやま)に登りました。
古事記によると、火の神を生んだことで命を落とした伊邪那美命(いざなみのみこと)が、出雲の国と伯伎(ははき=鳥取県)国との境の比婆山に葬られます。夫の伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が比婆山に相対するこの山の頂に立って「ああ、吾が妻よ」と亡き妻を偲んだことが山名の由来とされていますが、この話は古事記には出てきません。
この日、神話の山我妻山は全山燃えるような紅葉につつまれていました。
登山口にある国民休暇村我妻山ロッジに1泊し、前夜は見事な夕日を眺めながらロッジの周辺を散策し、翌早朝は雲海に浮かぶ遠くの山々を眺めたりして山の景色を楽しみました。

ロッジからの日没



<明ける雲海/center>

朝食後、全山紅葉につつまれた我妻山に登りました。ロッジから約1時間の我妻山頂上からは、低地を挟んで眼前に御陵比婆山(1264m)、立烏帽子山(1298m)烏帽子山(1225m)を擁する比婆の連山が連なっています。伊邪那岐命が亡き妻を偲んだという伝説が生まれたのも不思議がないと思えるほどの荘厳な景色です。

吾妻山から比婆連山を望む

  

Posted by むかご at 10:27Comments(0)

2013年11月04日

帝釈峡を歩く 

11月2日、比婆道後帝釈国定公園の我妻山に登る前に、名称帝釈峡に立ち寄りました。
 帝釈峡は、帝釈川の谷を中心に広がる国定公園で、国の天然記念物に指定されている広島県を代表する観光地で、雄橋をはじめ、約3億年前に形成されたといわれる断魚渓、奥行き200mの鍾乳洞窟の白雲洞などがあり、下流のダム神龍湖には遊覧船も運航され、四季折々に多くの観光客を集めています。
神龍湖を一回りした後、上帝釈渓の入り口から断魚渓を過ぎるあたりまで渓谷沿いの中国自然歩道を
往復し、清流と奇岩と紅葉が織りなす自然美の中を快適なウオークを楽しみました。

神龍湖



鬼の唐門



鬼の供養塔



雄橋(おんはし)













  

Posted by むかご at 15:03Comments(1)

2013年11月03日

万博でmy tree



万博公園自然学習の森を舞台に、高槻市にある某大学初等科2年生が自然学習のためにやってきました。
公園内にある気に入った樹木をmy treeと決めて、年間何回かその変化を観察し自然に親しもうというのです。
約60名の児童は、ボランティアグループの紙芝居で「万博公園の森のの不思議」を見たのち、それぞれのmy treeのところに散らばって観察したりスケッチをしたりしました。
  

Posted by むかご at 16:46Comments(0)