オオサカジン

  | 高槻市

新規登録ログインヘルプ


2013年10月19日

源義朝無念の終焉の地・野間大坊 

久しく参加したことのなかった自治会のバス旅行に参加しました。行き先が、勤め先であった会社の工場があった知多半島で、現役時代何回も訪れた場所だったからでした。
なかでも、源義朝の終焉の地・野間大坊は、昭和30年代、現地の工場長が当時はまだ珍しかったマイカーのパブリカリカを自ら運転して案内してくれた思い出の場所でした。
平治の乱に敗れた源義朝は、家臣のいるこの野間の地に逃れましたが、裏切りにあい、浴場で謀殺されます。裸の義朝は「我に小太刀1本なりともありせば」といって無念の死を遂げたと伝わります。
境内にはその霊を弔う木太刀が多数奉納されている源義朝公の御廟があります。
ツアーは、伊勢湾を望む料亭で海鮮料理を賞味し、海鮮市場での買い物、みかん狩りを楽しむなどして帰阪しました。

源義朝無念の終焉の地・野間大坊 
野間大坊山門

源義朝無念の終焉の地・野間大坊 
本堂

源義朝無念の終焉の地・野間大坊 
源義朝最後の絵解き説話


源義朝無念の終焉の地・野間大坊 
木太刀が奉納された御廟

源義朝無念の終焉の地・野間大坊 
晴れ渡る伊勢湾

源義朝無念の終焉の地・野間大坊 
賑わう海鮮市場




Posted by むかご at 18:02│Comments(0)
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。