2008年04月06日

老いの青春旅行Ⅲ:倉敷⑩アイビースクェア 


蔦の絡まる旧工場


アイビースクェアー


ホテルフロントに見える木製の柱や梁


近世倉敷の富と文化の源泉ともなった倉敷紡績は、大地主であった大原家の出資を受けで設立され、初代社長に大原孝四郎が就任したことに始まり、2代目社長大原孫三郎により、事業の拡大、発展が進められました。
倉敷代官所の跡地でもあるこの地に明治22年(1889)建築された倉敷紡績のレンガ造りの建物は、戦後直後操業を休止し、昭和49年(1974)ホテルなどに改造され、アイビースクエアとして甦り、若者たちに人気のスポットになっています。
改造されたホテルの内部は今でも木の梁や柱が使われていて構造は工場時代そのままです。
アイビースクエアの名の由来となった蔦は、レンガ造りの工場の壁に蔦を這わせて、夏涼しく冬暖かい自然のエアコン装置だったといいます。孫三郎はこのような従業員の職場環境改善から始まって、病院、孤児院、労働・社会科学研究機関の設立など当時としては驚くほど先進的な考えを持って、広範多岐にわたる活動を重ねました。孫三郎の生涯を書いた城山三郎の著書「わしの眼は10年先が見える」は、常々翁がいっていた言葉がそのまま題になっています。
終わってみると、もっぱら巨人大原孫三郎の足跡を辿ることに終始した倉敷観光となっていました。

今回は、ついてくれたボランチアのガイドさんは、表だけではなく、裏の話、裏の顔も知りたいとの注文に応えてくれて、普通では、聞けない、見られない、倉敷観光ができました。短時間ですが、中身の濃い、大満足の青春旅行でした。

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