2007年12月24日
朽木鯖街道②


朽木鯖街道沿いには、今でも古い建物などが多く残っていてタイムスリップをしたような懐かしさを覚えます。
何の変哲もないような旧郵便局舎は、昭和13年建築で、有名なW.M.ヴォーリーズ(1880~1964 伝道師として来日、近江八幡を拠点に建築技師として多数の名建築を設計、メンソレタームの近江兄弟社を設立するほか教育家としても活躍)の設計といいます。あまりにも特徴のない形なので掲示をよく見ると“伝” ヴォーリーズ氏設計とありました。近江に住んだ著名なヴォーリーズ氏への憧憬の心が伝説を生んだのかも知れません。
郵便局の隣には、珍しい妻入り形式の萱葺き家がありました。いまも住む人がいる気配でした。
Posted by むかご at 08:18│Comments(2)│TrackBack(0)
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この記事へのコメント
有名な鯖街道、どのあたりなのかなあと 前から思っていました。
一度は通ってみたい道です。
『一万人の第九』、テレビで見ました。
女性歌手にも焦点を当てていたので 合唱の場面は予想より少なかったですが、皆さんが映ると あの人数はさすがに凄い迫力です。
実際に自分が現場に居たら もっともっと感激するのだろうと思いました。
何年も歌っておられる訳がわかるような気がしました。
一度は通ってみたい道です。
『一万人の第九』、テレビで見ました。
女性歌手にも焦点を当てていたので 合唱の場面は予想より少なかったですが、皆さんが映ると あの人数はさすがに凄い迫力です。
実際に自分が現場に居たら もっともっと感激するのだろうと思いました。
何年も歌っておられる訳がわかるような気がしました。
Posted by モッチ at 2007年12月24日 20:47
モッチ様
いつもご来訪とコメントありがとうございます。
"1万人の第九”では通路(花道?)のすぐ近くの座席でしたので、すぐ目の前を佐渡裕も久石 譲も中島美嘉もリハーサル、ゲネプロ、本番と3往復も通りました。
中島美嘉はリハーサルではスリッパで、本番は素足でした。TVでは結構笑顔がありましたが、見た目にはニコリともせず冷たい感じでした。でも人気があるらしく、この話を娘にしたらうらやましがっていました。
いつもご来訪とコメントありがとうございます。
"1万人の第九”では通路(花道?)のすぐ近くの座席でしたので、すぐ目の前を佐渡裕も久石 譲も中島美嘉もリハーサル、ゲネプロ、本番と3往復も通りました。
中島美嘉はリハーサルではスリッパで、本番は素足でした。TVでは結構笑顔がありましたが、見た目にはニコリともせず冷たい感じでした。でも人気があるらしく、この話を娘にしたらうらやましがっていました。
Posted by mukago at 2007年12月25日 21:45



