2008年07月10日
楠公子別れ余話③ 英国公使と楠公の忠誠


桜井の駅にある3つ目の石碑は、南面にあるもので、一番古くて明治9年、時の大阪府権知事渡邊 昇の題書による「楠公訣児之處」です。
興味があるのは、裏面に刻まれた英国公使パークスの碑銘です。風化が進み判読が困難な箇所がありますが、“1336年、湊川の戦いを前に、この地で愛児正行と別れた、忠臣楠木正成を称えて”といった意味が読み取れます。
明治9年といえば、ご一新後も間も無くのころ、後の軍国主義時代のようには楠公が賛美されていたとは思われません。この話が英国公私の胸を打ったとすれば、死を決して合戦に赴く楠公に、かの国のノブレス オブリッジの精神を見たということでしょうか
Posted by むかご at 06:52│Comments(0)│TrackBack(0)
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