2008年06月12日
見える?見えない?かぎろひの丘 奈良県大宇陀町①

展望いまひとつの”かぎろひの丘”

”ひむがしの・・・の歌碑”

柿本人麻呂の石像、冬のかぎろひとはすこし違う北東を向いている
大宇陀町(現在は宇陀市大宇陀町)は、大和高原の南端部に位置し、宇陀川上流の小盆地に発展した歴史の古い町です。
中でも、平成7年の発掘調査によって、この地が古代の狩場(薬猟)であった「阿騎野」の重要施設であったことが判明しました。
柿本人麻呂が“ひむがしの 野にかぎろひの 立つみえて かえりみすれば つきかたぶきぬ”と詠ったゆかりのこの地"かぎろひの丘“には、佐々木信綱の筆による人麻呂の歌碑や、人麻呂の石像が立ちます。ただこの丘は、いまでは周囲の樹木も伸び、眼前に町並みがあり、視界が遮られています。
故犬養孝博士の”万葉の旅(上)“に、「昭和36年12月23日、寒風吹きすさぶ歌碑付近に立って17日の月を望みながら、刻々に移りゆく景色の中で、午前6時30分、”かぎろひの立つ見え“た瞬間」をとらえたという写真が載っています。先年この”かぎろひ“にあこがれて、季節こそ違いましたが、泊り込みで撮影に行きました。事前に役場の観光課に尋ねると、かぎろひの丘は撮影地としてはあまりお奨めできません。内緒ですが、といってすこし南方の山中にある某寺の裏山を教えてくれました。”かぎろひ“こそ見えませんでしたが、そこからは、人家ひとつなく、東南に吉野の山々が重畳と青く、古人が見たままの景色が広がっていました。
Posted by むかご at 06:52│Comments(0)│TrackBack(0)
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