2008年05月15日

田植え終わる中畑地区 





5月上旬も終わる頃、高槻北部中畑地区の田植えはあらかた終わって、早苗田にさわやかな風が吹き渡っていました。標高400mのこの地区は、高槻中心部より田植えの時季は総じて早いようです。
道端に、何時のころのものか、“従是東中畑村、西田能村”の石碑が立っています。この辺は盆地の田能が中心で、二料、出灰、中畑、杉生が田能に結集して京都府南桑田郡樫田村を営んでいたものが、昭和33年に高槻市に編入されました。京都府と大阪府と異なる行政区域を越えての併合は当時珍しく、困難も伴ったと伝えられています。中畑の東は今でも京都府に属する外畑(とのはた)地区で、高槻市に併合されるのを潔しとしなかったかどうかはわかりませんが、高槻の市バスが中畑どまりで、外畑まで運行しないのを、外畑の人々は今になってどう考えているのでしょうか、気になるところです。

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懐かしい風景【高槻のええとこブログ】at 2008年05月26日 07:54
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