2008年08月30日

はてな?の稲田 




道場(神戸市北区)で見た風変わりな田圃の形です。
どういう理由で外回りだけ稲を植え、中央部を放置しているのか、しばらく考えましたが、分かりません。それに中央部の荒れ具合から見ると今年始まったものとも思えません。
多分減反面積の関係か何かと思いますが、外周だけの耕作のメリットとは、作業がしやすい、面積あたりの収穫量が多いといったような事情でもあるのでしょうか。
  
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2008年08月28日

稲穂揃う山里 




高槻北部、中畑地区ではもう稲穂が頭を垂れています。
田植えが早い分だけ、穂が出るのも、市内に比べて早いようです。
にわかに食料危機が身近な問題となったこのごろですが、今年も天候に恵まれて豊作のようです。
赤とんぼが秋めいた空に飛び交っていました。
  
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2008年08月26日

伊吹山初秋 










伊吹山は今、8月初めころのシモツケソウの紅色から9月のサラシナショウマへ移り変わる中間の時期です。
このところ毎年、時には年2回も訪れる伊吹山ですが、いつ行ってもすばらしいこの山は、少し季節をずらすことで新しい風景、新しい草木との出会いがあり興趣は尽きません。
23日、天候の変わりやすいこの山も綺麗に晴れてさわやかな秋の気配でした。
例によって今年も伊吹の花々をシリーズで「むかごの日記」 に掲載中です。こちらも覗いてみてください。
  
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2008年08月24日

天野山金剛寺:南北両朝同座の名刹 








R170で、河内長野市街を抜け西にしばらく行くと天野山金剛寺があります。
行基菩薩が勅願によって開創し、のち弘法大師が修業したところで、女人高野とも呼ばれています。
また、南北朝時代、南朝の後村上天皇が、6年間、この寺の食堂を正殿として大政を執られた天野行宮があり、同じころ北朝の光厳、光明、崇光の3上皇も4年間御座所とされ、奇しくも南北両朝が同座されることなった歴史的な場所でもあります。
両朝同座の複雑な歴史的背景はなかなか理解できませんが、天野川の渓流に沿って立ち並ぶ多くの坊舎や、枯山水の庭園など、緑に囲まれた広い寺域は訪れる人も少なく、静かで清浄な雰囲気に包まれています。
  
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2008年08月22日

繁昌する繁昌亭 






50年ほど昔、上方落語界が瀕死の状態にあったころのことです。
たしか「上方落語を守る会」というのがあって、月に1回、日本橋一丁目裏の近大会館の広くもない畳の部屋で落語を聞く会が開かれていました。
6代目松鶴、3代目染丸、文枝、米朝、襲名間もない春団冶、小春団冶時代の露の五郎兵衛など今にして思えば、有難くて涙が出そうな名人達の落語を、間近で、それも会費百円で聞くことができました。
ほどなく民報テレビやラジオの普及や、新しい落語家の出現などで、上方落語の人気も高まり、その会もとりやめになりました。
時は移り、いま、上方の噺家は200名を数える隆盛とか。2年前にできた落語専門の定席「天満天神繁昌亭」も連日の満員だそうで、昔を思えば隔世の感しきりです。
先日昼席を覗いてきました。こじんまりした寄席で味わう上方落語は、テレビ、ラジオでは味わえない生の魅力がたっぷりで、若手の熱演も好感が持てます。人気の理由がよく分かりました。
  
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2008年08月20日

府民の森・むろいけ園地 










R163、清滝峠を右へ折れると大阪府民の森・緑の文化園むろいけ園地があります。
室池を中心に深い緑の森林が広がり、木陰の遊歩道は真夏でも涼しい風が吹き渡ります。木道が整備された湿地には、サワギキョウが紫色の花をつけていました。
お盆というのに、人影もまばらなこの園地で静かな森林浴を楽しみました。
府下に数箇所ある府民の森は、財政再建に辣腕を振るう橋下知事の構想でも、いまのところ廃止対象にはなっていないようです。安心しておおいに整備された環境で自然を楽しむことにしましょう。
  
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2008年08月18日

ジュラシックパーク ライド 




東京からのと茨木の孫3人つれて、USJへ出かけました。
開場前の特別招待で行ったきりのUSJですが、真夏というのに結構な人だかりでした。
特別のパスポートなるものがあって、昔のように何時間も待たなくてもよかったのは助かりましたが、それでも元気な孫たちに引っ張られて、万歩計は1万8千歩を超えていました。
夏のこととて、水がらみのアトラクションに人気が集まっていました。
  
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2008年08月17日

生石高原


頂上からのパノラマ



風にそよぐ女郎花



お盆の墓参りのついでに生石高原に立ち寄りました。
阪和道海南東ICから1時間足らず、870mの頂上付近まで車で行けます。
南に紀州の山々、北から西にかけては、紀伊平野はもちろん遠く大阪湾を隔てて六甲の山並み、淡路島、目を凝らせば明石海峡大橋が展望でき、天気がよければ室戸岬も見えるという関西隋一ともいわれる雄大な景色です。
いまではあまり見られなくなった女郎花が河原撫子とともに高原の風に揺れています。
ススキの高原としても有名で、9月末ころからは、13haもの広大な高原は一面白いススキの穂で覆われます。
小学生のとき、家から徒歩3時間ほどのこの山に遠足に行きました。戦時中のこととて、弁当はサツマイモだけという先生の言いつけに反し、一人だけおにぎりを持ってきました。ずるいというので、貴重なおにぎりはサツマイモと交換され、結局は、本人の口にはほとんど入りませんでした。
  
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2008年08月16日

もうひとつの狐の花園 






高槻から茨木車作へ下る林道沿いにキツネノカミソリの花園も花盛りです。
一昨日のオオキツネノカミソリの仲間で、オオキツネノカミソリより、葉も花も小形で、雄蕊が花から先へ突き出さないところが違います。
車作は地元の方のご努力で、下草が刈られているなど、整備された花園の感じがします。
野趣の大狐、洗練の狐、いずれも結構な景色です。
  
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2008年08月14日

狐の仕業?深山の花園 








ポンポン山北東部のさる渓あいに、狐の剃刀(オオキツネノカミソリ:ヒガンバナ科)が、オレンジ色の花をつけて一大花園を現出しています。
通る人もまれな木陰の道に一面に広がる大群落は、本当に狐に化かされたような景色です。
  
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2008年08月13日

休日の万博公園



水曜日は万博公園の休日です。
先日、休日に行われた自然観察学習館の行事に参加しました。
ひっそりとした公園はいつもと違った風景でした。
カラスが1羽、木陰でのんびり休日を楽しんでいました

  
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2008年08月12日

世界遺産:高野山の今 終 奥の院界隈 


水向地蔵


御廟橋(正面奥の院御廟所)



玉川


高野山に納骨した遺族は、奥の院手前右の水向地蔵さんに経木を供え、浄水を手向けて、新仏とあわせて先祖の冥福を祈ります。
かたわらの御廟橋の奥に、承和2年(835)3月21日、弘法大師が生きたまま入定留身された奥の院御廟所があります。お大師様がこの橋まで見送ってくださると信じられており、参詣者はこの橋で行き帰りとも御廟にむかって礼拝することになっています。
この橋から先は撮影が許されない聖域になります。
左を流れる玉川の清流が参拝者の心を清めてくれます。この川はまた有田川の源流部でもあります。(高野シリーズ終わり)
  
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2008年08月11日

世界遺産:高野山の今⑦ 奥の院参道の墓石 


奥の院への参道


浄土宗開祖の墓も


杉木立の立ち並ぶ一の橋から奥の院弘法大師御廟までの2キロの参道の両側には、有名な戦国大名、高僧、宮家などの墓碑や、また30万基をこえるあらゆる時代の人々の墓が並んでいます。
そこには敵対した戦国武将とか、異なる宗派の開祖の墓なども仲良く祀られていて、真言宗高野山の懐の深さを感じさせます。そういえば、むかごの実家は真言宗で、高野に納骨するのは当然ですが、浄土宗の隣村も納骨はおなじ高野山です。
古い墓のほかに、企業の物故者慰霊碑なども立ち並んでいます。いずれむかごもここにある会社の慰霊碑に合祀してもらえることになっています。
  
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2008年08月10日

世界遺産:高野山の今⑥ 山上のお土産店 


今も人気の陀羅尼助


特別な高野の胡麻豆腐


高野槙のスタンド


高野山でのお土産などの買い物は、まずお経や仏具などがありますが、一般に人気があるのは、薬の陀羅尼助、精進料理の胡麻豆腐、仏花の高野槙でしょう。
陀羅尼助は、古い伝統を持つ民間薬で、昔から関西地方の常備薬、また山伏の携行薬として愛用されてきました。キハダの樹皮から精製した胃腸薬で、その苦さで知られています。
高野山の胡麻豆腐は、胡麻を炒らずに、白く磨いて作ります。胡麻を炒らないのは、あまり香ばしいと美味しすぎて食欲が進み修行の妨げになるからとか、製造工程の最後で職人が必ず般若心経を唱えるというのも高野山ならではです。
仏前に供える高野槙の枝は、西山麓の有田川町で栽培された若木の枝が使われます。高野槙は秋篠宮悠仁親王のおしるしとして有名になりました。この有田川町はまた、紀子様のお祖父さまの出身地であるという浅からぬ関係にあります。
  
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2008年08月09日

世界遺産:高野山の今⑤ 刈萱堂 



詳しい中味は分からぬまでも、子どもごころに、刈萱と石童丸の悲劇を聞いた記憶があります。
刈萱道心はもと平安末期筑紫の国の領主で、故あって世話をした女性千里と結ばれたものの、表面仲よく装う妻と千里の2人の女性の本心を見抜き、悩んだ末出家、高野山に庵を結び刈萱道心と称します。
出家の直後千里が生んだ石童丸が14歳になったとき、母子は高野を訪れますが、母は女人禁制で入山できず、石童丸一人、山上で会った僧を父と知らず身の上話をしますが、道心はそなたの尋ね人はすでにこの世にいないと母の元へ帰します。しかし帰った時すでに母はこの世の人でなく、傷心の石童丸は再び高野に上り、刈萱道心の元で仏道修行しますが、ついに二人は親子の名乗りをすることがありませんでした。
といった親子の一代記が、刈萱堂の内部の壁いっぱいに絵物語で描かれていますが、最後まで読み通す参詣客はまれな様子です。
昔、涙で聞いた人もあろう有名なこのお話も、今の人にはなかなかぴんとこないようです

  
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2008年08月08日

世界遺産:高野山の今④ 金剛峰寺 


金剛峰寺の山門


金剛峰寺本堂(外人グループが拝観中)


金剛峰寺は、豊臣秀吉が文禄2年(1593)亡母追善のため建立したもので、当時は青厳寺といていました。今では、全山の総称である金剛峰寺と称し、全国に4千余の末寺と1千万人の信徒を持つ真言宗の総本山として全国に知られています。
そのわりには、お堂は檜皮葺きの簡素なつくりです。さすがの秀吉も山上での普請は費用がかかりすぎるとみたのか、あるいは弘法大師の御心を推し量ったのか、その辺の話はあまり聞いたことはありません。
  
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2008年08月07日

世界遺産:高野山の今③ 徳川家霊台 


家康の霊屋


城壁のような参道


女人堂を下ったすぐのところに重要文化財の徳川家霊台があります。この霊場は、家康公と秀忠公の御霊をまつるため、三代将軍家光公が長い歳月をかけて創建したと伝えられます。
2つの霊屋(たまや)は、柵の中にありますが、細部にいたるまで彫刻や飾り金具など技法を凝らして装飾が凝らされ、奥の院への沿道に連なる諸大名の石のお墓とは際立った違いを見せています。
この霊台も町外れあるためか、訪れる人も少なく、少し寂しい感じです。
  
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2008年08月06日

世界遺産:高野山の今② 


昔は女性はこの門より中へは入れなかった


唯一残る女人堂


高野山が女人禁制だったころ、女性のお籠もり堂の役割をしていたのが女人堂で、明治5年までは女性はここから山内に入ることは許されず、険しい女人道を経て奥の院参りをしていました。
今残るこのお堂は、高野山の7つの入り口にあった女人堂のなかで唯一現存するものです。
山上循環バスこそここを通りますが、高野山の中心から外れた女人堂に降りる人はほとんどいませんでした
。  
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2008年08月05日

世界遺産:高野山の今①赤松院 


赤松院の内庭


高野山の塔頭は山門は狭くても奥は広い宿坊で立派なお庭がある


亡兄の納骨に高野山へお参りしました。高野山を源流とする有田川流域では、昔から集落毎に定められた高野山の塔頭に納骨することになっています。
高野山は平成16年7月7日に「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されました。そのせいか山上には外国人客が目立ち、納骨する赤松院の宿坊にも外国人のグループが宿泊していました。
  
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2008年08月04日

萩谷の朝市 




木曜日の朝、萩谷総合公園入口で、人盛りがしていました。
何事かと見ますと、地元農家による野菜の朝市です。8時半開始というのに半時間前から、人が集まり番号札をもらっています。
バスへ乗ってくる人、ハイキング気分のグループなど常連同士の話も弾みます。
38番の札をもらって待つことしばし、買い物籠いっぱいに新鮮な野菜を買って諸物価高騰のおり助かると、妻も満足げです。
  
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