2008年08月09日
世界遺産:高野山の今⑤ 刈萱堂

詳しい中味は分からぬまでも、子どもごころに、刈萱と石童丸の悲劇を聞いた記憶があります。
刈萱道心はもと平安末期筑紫の国の領主で、故あって世話をした女性千里と結ばれたものの、表面仲よく装う妻と千里の2人の女性の本心を見抜き、悩んだ末出家、高野山に庵を結び刈萱道心と称します。
出家の直後千里が生んだ石童丸が14歳になったとき、母子は高野を訪れますが、母は女人禁制で入山できず、石童丸一人、山上で会った僧を父と知らず身の上話をしますが、道心はそなたの尋ね人はすでにこの世にいないと母の元へ帰します。しかし帰った時すでに母はこの世の人でなく、傷心の石童丸は再び高野に上り、刈萱道心の元で仏道修行しますが、ついに二人は親子の名乗りをすることがありませんでした。
といった親子の一代記が、刈萱堂の内部の壁いっぱいに絵物語で描かれていますが、最後まで読み通す参詣客はまれな様子です。
昔、涙で聞いた人もあろう有名なこのお話も、今の人にはなかなかぴんとこないようです。



