2008年07月09日
楠公子別れ余話② 陸海軍の巨頭が競作

乃木大将書

東郷元帥書
JR新駅“島本町”ができて、東隣の史跡「桜井の駅」もきれいにはなりましたが、戦前戦中あれほど賛美された大楠公の”七生報国”もすっかり忘れ去られた今は、訪れる人影もまばらで、いくつかの立派な石碑だけが過ぎ去った時代を偲ばせています。
北に建つのは陸軍大将の乃木希典謹書の「楠公父子訣別乃所」、東に建つのは海軍元帥伯爵東郷平八郎謹書の明治天皇御製「子わかれの 松のしづくに袖ぬれて、むかしをしのふ さくらゐのさと」。裏面には「来山陽翁過桜井駅詩」が刻まれています。この狭い場所に陸軍と海軍を代表する2人が揮毫した石碑が建っているのは、当時この地が精神教育上それほどに大事に考えられていたのか、あるいは仲が悪かった陸軍と海軍が単に張り合っていただけなのか、今となってはそのあたりの消息を知るよしもありません。



