2008年07月08日
楠公子別れ余話

四条畷神社の像

本家桜井の駅の像
偶々参詣した四条畷神社境内に楠公子別れの像がありました。
はてなと首をかしげたのは、楠公子別れは四条畷ではなく、島本町の「桜井の駅」の筈だったからです。
不思議に思って物好きにも島本町の桜井の駅跡へ行ってみました。驚いたことに、そして当然ながら此処にも同じ石“の彫りこみがありました。
隣に島元町の資料館があり学芸員に尋ねると、しばしあって、資料を手に説明してくれました。それによると、桜井の駅の像は戦前に作られたセメント像で、傷みが激しいので、平成16年岸和田の篤志家が、新しいのを作って取り替えたそうです。そのとき同じものを合計4体つくり、桜井の駅のほか、四条畷神社、千早赤坂村、神戸湊川の楠公ゆかりの地に設置したというのです。
桜井の駅は、本家だけあって土台だけは”公爵近衛文麿”の揮毫が刻まれた昔のままの立派なものだというわけです。
内幕を聞けば納得できたものの、ちょっぴり像の値打ちが下がった想いでした。



