2008年05月30日
化粧川 :大和川源流

桜井市の山中、NPO「里山の山野草を守る会」の案内で、珍しい日本スズランの自生地などを見たあと小夫郷の天神社への途中で小川を渡りました。ほとりに「化粧川・化粧壷」の標識があり、珍しいと思って調べてみると、驚きました。
第40代天武天皇即位2年4月大來皇女(大津皇子の姉)が、伊勢の斎王として赴く途中、まずここ泊瀬の斎宮(いつきノみや)にお住まいになり、「化粧川」で禊をして身を清め、泊瀬の斎宮から伊勢神宮へ移られました。斎王の任が解け飛鳥へ帰られたときは、弟の大津皇子は、既に1月程前、謀反のかどで処刑されていました。「磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君がありといはなくに」弟を二上山に葬った時の皇女の悲痛な哀傷の歌です。
この川はまた大和川の源流といいます。山深い大和高原に流れる化粧川は、古代の悲話を乗せて今も清らかに流れています。
(自生のスズランは “むかごの日記”でご覧下さい)



