2008年01月29日

雪椿はユキツバキでない 




椿の上に雪がのっています。けれどもこれは“雪椿”かもしれませんがユキツバキではなく、ヤブツバキなのです。
よく見られるヤブツバキ(Camellia japonica)は、学名からもわかるように日本固有の花木で、紅色の花はすこし開いた筒状、花びらの基部と雄しべの下部がくっついて、散るときは一緒にポトッと落ちます。
ユキツバキは日本海側の多雪地に生える別種で、ヤブツバキにくらべて、木の高さが低く、花びらは薄くて外側に開き、雄しべは短く花糸(軸)が赤みを帯びるなど微妙に違います。
先日TVの歌謡番組で、小林幸子が髪飾りに“白い椿”をつけて持ち歌の「雪椿」を歌っていました。
新潟出身の歌手なら、造花にしろ正しい容のユキツバキをつけてもらいたいものです。
  
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2008年01月28日

梶原のたけのこ園 




すこし用があって高槻梶原のたけのこ農家の竹林を見学しました。
まだ1月というのに、土の表面のわずかな変化で、深い地下にたけのこが伸び始めているのがわかると、そこのご主人がおっしゃいます。
たけのこの品質の決め手は土質とか、梶原の土は千里はもちろん有名な長岡京あたりのより優れているそうです。
竹林の若さを保つための間伐、雑草・雑木の除去、施肥、土の手入れ、猪の防除など1年を通じて不断の手入れがあってはじめて美味しいたけのこができるといいます。
きれいに手入れがされた竹林は、冬の光が注ぎ、シーズン到来を待っているようでした。
  
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2008年01月27日

冬の蓮池 




西高東低の冬型気候が続き、晴天の万博公園は寒い北風が吹いています。
蓮園の蓮もすっかり枯れ果ててみすぼらしい姿です。
枯れ蓮の足元に季節はずれのオオアカウキクサ(アカウキクサ科のシダ植物で外来種)が赤い円を描き、
その上に冬の斜陽が影を落としていました。
  
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2008年01月26日

北摂の多雪地帯?




昨朝、窓を開けると一面銀世界でした。
田圃のむこうの雑木林が朝日で光っています。
大阪方面へ向かう途中で見ると茨木辺りではほとんど雪の景色は見当たりませんでした。
今年すでに何回目かの雪、どうやらこの辺りは北摂地方の多雪地帯といえるみたいです。
  
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2008年01月25日

雪は降る 


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寒暖こもごもの今年の冬、それにしてもよく雪が降ります。
朝出かけるときは快晴だったのに、午後帰宅した時は降りしきる雪でした。
早速家の窓から降る雪にカメラを向けました。
当然ですがシャタースピードを変えると画面上の降り方が違って見えました。
  
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2008年01月24日

お酒と落語の町 池田市 2008.1.24






五月山から下って駅のほうへ歩いていると、商店街に「落語ミュージアム」の幟が沢山立っていました。有名な上方落語の「池田の猪(しし)買い」の猪は、多分この日登った五月山周辺で捕獲したものだったのでしょう。そのミュウジアムは地元に住む桂 三枝が名誉館長です。
駅の近くに、全国的に有名な銘酒「呉春」の酒蔵がありました。しもたや風の格子戸の玄関に慎ましやかな看板がかかっていました。
近くに国登録の有形文化財「稲束家住宅」があります。1700年代中ごろの建築といわれ、低い2階建ての壁面に虫籠窓(むしこまど)が設けられ、近世商家の原型をよく留めていて、往時の街道の隆盛を偲ばせています。
  
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2008年01月23日

一月の五月山 







20日の日曜日、池田の五月山へ登りました。
駅から直接登れる五月山は、この日寒波襲来で雪もよいでした。
展望台からの眺望は降る雪にかすんで、見えるはずの大阪市内方面はみえず、わずかに伊丹国際空港の滑走路が認められただけでした。
公園としてあちこち整備された五月山ですが、まだまだ自然が残っています。雑木林の中で鈴なりの実をつけたヤマガキの木が寒そうに震えていました。
  
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2008年01月22日

尾根白の風景 




温暖化の中でなぜか雪景色が続きます。
近畿地方全般に降雪注意報が出ていた朝、家のあたりは雪の気配はまるでありませんでしたが、北のほうの山を見ると真っ白になっています。
いくつになっても物見高い“むかご”めは早速車で10分ほどの原地区へ出かけました。しかしそこでも平地では積雪がなくすこしがっかりでした。集落を取り巻く山並みの尾根筋だけが雪で真っ白になっています。成り年だった柿が今なお枝先にたわわについています。
子供のとき田舎でこれとよく似た景色を尾根白といっていたのを思い出しました。
  
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2008年01月21日

山は雪



先週末高槻北東部川久保渓谷を歩きました。前日、町ではちらほら雪が舞っているという程度したが、谷筋の道に入ると、場所によって白い雪でおおわれていました。しばらくは雪を踏んで登りましたが、林道を抜けると一段と雪がおおくなり、山道が凍てついていて危険なので、釈迦岳をまわって帰るつもりが、やむなく途中で引き返して帰りました。
わずかな距離の違いでこれだけの気象の差があるのは、よくいわれるように、北摂連山のあたりは日本海的気候に近いというはなしを実感した一日でした。
  
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2008年01月20日

老いの青春旅行 終 






屋島は標高282mの溶岩台地で、 屋根のような形をし、元は島であったところから屋島の名がついたといわれます。
山上から瀬戸内の景色を眺めていると、ボランティアのガイドさんが通りかかりいろいろと説明してくれました。
眼下に見える女木島は別名を鬼が島といい。桃太郎が鬼退治をしたところで、鬼の住んでいた洞窟もあるそうです。桃太郎といえ普通は岡山ですが、ガイドによると、本家は香川で、鬼が退治されたのでこの名がついた鬼無町(高松市)が桃太郎生誕の地だそうで、おじいさんが柴刈りをした「柴山」や、おばあさんが桃を拾ったのが本津川、また「桃太郎神社」もあるそうです。
右のすこし小さい島は男木島で、往年の名画「喜びも悲しみも幾歳月」(1957年木下恵介監督佐田啓二、高峰秀子主演)のロケが行われところです。その灯台は無人となりましたが今も活躍しているそうです。
その奥に見える大きな島がこれまた映画「二十四の瞳」(1954年松竹。木下恵介監督、高峰秀子主演)
の舞台となった小豆島です。小豆島の西には産廃物不法投棄で有名な豊島(てしま)も見えます。
雲ひとつなく晴れ上がった空の下、屋島の山上から眺める瀬戸内の島々は、さまざまな伝説や話題に包まれて海上に浮かんでいました。
帰途、海上を走るマリンライナーの車窓から見た瀬戸内海は穏やかな夕焼けでした。

讃岐うどんを食べる青春切符の旅、乗り継ぎも無駄なく、2箇所の観光と2回の讃岐うどんの時間も充分、無理のない出発と帰着などすこぶる順調でした。ご参考まで行程表を書いておきます。

高槻出発7:30→姫路8:51 姫路9:10→相生9:29 相生9:30→岡山 岡山→マリンライナー23号 高松11:37
高松11:58→栗林公園北口12:04 (公園散策約2時間弱) 栗林公園北口13:57→屋島14:13 タクシーで屋島山上 (屋島山上遊歩約1時間) 屋島山上15;30→バス→屋島15:45 →高松16:08  高松16:43→ML48号→岡山17:35 岡山18:02→姫路19:25 姫路19:27→高槻帰着20:47
  
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2008年01月19日

老いの青春旅行④ 






屋島の山上には、四国八十八箇所第八十四番札所の屋島寺があります。
天平勝宝6年(754)唐からはるばる来日した鑑真和上が、ここを通ると屋島の山上に瑞光が見えたので 船をとめて屋島の北嶺に登り、仏像や経典を納めて開基したといいます。
観光地としての人気が薄くなった屋島にあって、ここだけはお遍路さんのグループがひきもきらず、おおいに賑わっていました。
  
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2008年01月18日

老いの青春旅行③ 


屋島古戦場



五剣山、左側は庵冶石採掘場


老いの青春旅行とセットのもうひとつは古戦場の屋島です。
屋島の山上に通じるドライブウエイの途中から、屋島の合戦の古戦場となった海が見下ろせます。
元暦2年(1185)2月、義経の源氏と宗盛の平家がこの海域で戦い、敗れた平家は、滅亡に地となる壇ノ浦へ落ちのびてゆきます。頼朝との不和の予兆ともなる義経の逆櫓論争と弓流し、那須与一の扇の的など話題の多い屋島の合戦ですが、タクシーのドライバーさんによると、この有名な古戦場も最近は観光地としては人気が薄く、観光客もまばらだと嘆いていました。
入り江越しに荒れた山肌の山が見えました。五剣山の山腹は、この地方特産の庵治石(あじいし)の採掘地だそうです。庵治石は細粒黒雲母花崗岩といわれる最高級の石材で、墓石にしようにも庶民ではとても手が出せないくらい高価です。墓のことを考える年頃のむかごにとって、古戦場より気になった石切り場でした。
  
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2008年01月17日

老いの青春旅行② 栗林公園


ほころび始めた梅花


芙蓉峰から北湖、後は紫雲山


飛来峰から南湖と掬月亭


老いの青春旅行②とセットしたひとつは高松の栗林公園です。紫雲山を背に6つの池と3の丘を配した総面積753千㎡の公園は、木石の雅趣において日本の三公園(偕楽園、後楽園、兼六園)に優るともいわれています。
中でも見事なのはマツ類で、約1400本うちいわゆる手入れ松が約1000本あり、この日も大勢の庭師が熱心に松の手入れをしていました。
園内の梅園では梅の花がほころび始めて、はやくも春の気配を漂わせていました。
  
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2008年01月16日

老いの青春旅行① 


本州と四国を結ぶマリンライナー


さぬきうどん"しょうゆ”


青春切符が2枚残っているというので、妻と讃岐うどんを食べる旅に出かけました。栗林公園と屋島古戦場がセットです。
高槻発7時30分、普通車を乗り継いで高松に着いたのが11時37分、早速昼食は讃岐うどんです。
色んな種類があるうちで、 “生しょうゆ”(500円)をとりました。
茹で上がった麺を水で締め、そのままのうどんに醤油をかけたもので、麺本来の味が楽しめるとして地元では定番の食べ方だといいます。
素朴ですが、具やだし汁に邪魔されずに麺そのものの風味を味わうことができて結構いけました。
(以下続報)
  
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2008年01月14日

今城塚の今 


埋め立てられる西側前方部の外堀



石室の存在が想定される場所には階段が





真の継体陵といわれる今城塚の第10次調査の報告会があったのがほぼ1年前の3月4日でした。この調査で、後円部の石室の位置や、構築法を知る上で重要な手掛かりを得ることができたとされ手考古学ファンの注目を集めました。
その今城塚は調査と平行して、市民の歴史学習や散策、憩いの場とするためということで、平成16年度から史跡公園化整備工事に着手しています。工事は7か年計画、全体竣工は平成23年春を予定しているといいます。
先日近くを通りかかったので、外周をひと巡りしてきました。立ち入り禁止の柵の中では多数の重機が入り大工事が進んでいます。堀が埋め立てられ、園内の古木、大木が無残に伐られ、自然豊かで、おおらかな雰囲気だった以前の姿はもはやありません。“古代人が築き上げた巨大な古墳空間を体感でき、そして市民が憩い、散策できる、水と緑の歴史的空間”にするという市のこの計画は本当に市民が望んでいる形なのだろうかと少なからぬ疑問を感じたことでした。

  
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2008年01月13日

新春絵馬展 




しろあと博物館(高槻市城内町1-7)で企画展 が開かれています。
新春・絵馬展高槻市内の神社・寺院に納められた「大絵馬」が展示され、地域の人々の思いや、当時の社会生活・風俗をしのぶことができてなかなか興味深い展示です。
残念ながら写真撮影禁止でしたので、玄関の看板だけの紹介になりました。
開催は2月24日までで、入場無料です。
  
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2008年01月12日

賽銭箱の中身 




今年の十日戎は昨日の残り福でおわりました。
高槻戎神社の社前には、酒造用からの転用と思われる丸い大きな樽が置かれて臨時の賽銭箱になっています。
いつも話題になるえべっさんの賽銭なので、中を覗いてみました。見たところ千円札が最高で、よくニュースになる語呂合わせの小切手などは確認できませんでしたが、気になったのは黒皮の財布が丸ごと入れられていたことです。中にはどれだけの賽銭が入っているのか、もしかしたら間違って落とし込んだのではなどと思いながら、面白いので覗きこんで何枚か写真を撮りました。
賽銭箱を覗き込んでいるおっさんの姿は参詣客にどう映ったのか、少し恥ずかしい時間でした。
  
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2008年01月11日

福ザサは福竹? 




飛行機から高槻戎神社の本戎を宣伝していたのを聞いて結局行ってきました。
今宮戎ほどではないにしても、参詣客は次々と福ザサを授かって(買って)行きます。
その福ザサをよく見ると、ササではなく明らかにタケの枝です。
笹は広義には竹の類で形が小さく、成長しても皮(桿鞘)残るものをいいますが、福ザサを見ると間違いなく孟宗竹など大きい竹の枝を伐ったものを使っているのです。
浅草の酉の市で、おかめの面を結びつけるのに使われるのが名前の由来となったオカメザサ(阿亀笹)というのがあります(07年1月10日むかごの日記参照)。オカメザサは、背が低く、節から出たごく短い5本の先に一枚ずつ葉をつける小型のもので、大きさや形からはいわゆる笹に見えますが、皮がすぐ落ちることからこちらも分類的には竹になっています。
福ザサはオカメザサから連想した言葉かもしれませんが、戎さん、福俵、熊手など縁起物をたくさんぶら下げて高い値段をつけるためには小さなササでは無理ということで、笹という名の竹を授けているということでしょうか。
  
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2008年01月10日

準備完了えべっさん 







8日夕方、野見神社の前を通りかかると、大勢の人が十日戎の準備に大童でした。
野見神社には、永井神社、護国神社、のほかどういう訳か「高槻戎神社」が摂社として鎮座します。
今年も準備万端整えて参詣客を待っています。福引や露店などいろいろな趣向が用意されている中で、本殿の前には甘酒接待所も用意されています。
今日は本戎、甘酒には例年長蛇の列ができるので諦めて帰る人も多いとか、ぜひお早い目にお出かけ下さい。

  
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2008年01月09日

霧の朝 







昨日の朝、テレビが三田地方で濃霧のため列車が大幅に遅れていると報じていました。
窓を開ける霧がかかっていますが濃霧というほどではありません。これでは絵にならないと諦めましたが、所用があって成合から磐手地区のほうを通ると、様子が一変し辺りの景色が濃霧の中に沈んでいます。川や池があり盆地になっていることが特に濃い霧を発生させていたのでしょう。
たまたまカメラを持っていたので、2度も車を止めてもらい写真を撮りました。車の中で友人があきれ顔で待ってくれていました。
  
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