2007年12月07日
高槻工兵隊跡


高槻城の城壁が東海道線の敷石に転用されて破却、民有地になっていたところ(現第一中学校敷地)に工兵隊を誘致したのが明治42年3月、町の人々は手旗を振りこぞって歓迎に出たといいます。この誘致がその後の高槻発展の大きい起爆剤となりました。
兵営は様々な歴史を刻んで昭和20年の終戦でその幕を閉じますが、この営門跡は悲惨な戦争を再び繰り返さないとの願いをこめた平和のモニュメントとして保存されています。
営門の傍らにある3つの石碑の「退営記念」「在営記念」「転属記念」の彫り込みは、命をかけて国に奉じ、国に殉じた兵士たちの様々な思いがこもっているようで、見る人の感慨を呼び起こします。



