2007年11月30日

図らずも「寂庵」参詣 




化野念仏寺を下がって大覚寺道に分かれる道のすぐ右へ入ると「瀬戸内」の大きな表札、おやっと思いながらも通り過ぎかけると、すぐ隣に門があって投句箱と書いた竹筒が掛かっています。
数人の中年女性が呼び鈴を押しています。門内に入れるのですかと聞くとそうだといいます。
やがて堂守りが現れて、女性たちを招じ入れるので、こちらも随いて入りました。
ご本尊がおわす小さなお堂の曼荼羅山寂庵にお参りし般若心経を唱えてきました。
文化勲章の寂聴先生は講演とかでご不在でしたが、おもいがけず訪れた寂庵は、お庭も建物も草木も寂聴先生のお人柄そのままに、やさしくて色気さえ感じさせる空間をつくっていました。

  
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2007年11月29日

嵯峨野に残る萱葺きの民家 




化野念仏寺を下がって大覚寺道に分かれる道のすぐ左手の畑の奥に萱葺きの民家があります。
場所といい、たたずまいといい、あたかも観光用の施設のように見えますが、住む人の気配がして個人の生きた住まいのようです。
例年この時期は前の畑に野菜が栽培されていて、萱葺きの家と緑の畝がよい構図になったのですが、なぜか今年は休耕畑となっていました。それによく見れば萱葺き屋根の棟部分は随分痛んでいる様子です。
この景色が何時まで見られるのか、すこし不安になってきました。

  
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2007年11月28日

鳥居本の鮎茶屋 2007.11.28







高尾からバスで嵐山・高雄パークウエイを通り、奥嵯峨野の鳥居本に降りたときは早い秋の陽が今にも沈みそうでした。
走るようにして、鳥居本の鮎茶屋を見下ろす道路わきに急ぎました。
わずかに入り残った陽の光に照る紅葉と、浮かび上がる鮎茶屋の提灯の灯とが絶妙に取り合わせとなっています。
瞬く間に夕影に沈んでゆく奥嵯峨の景色に夢中でシャッターを切っていました。
  
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2007年11月27日

神護寺の紅葉 






三尾のひとつ高雄の神護寺はよく知られた紅葉の名所です。
何度となく登った神護寺の石段が、だんだん辛くなって、否が応でも己の歳を自覚させられました。
今年の紅葉はいまひとつの出来のようですが、さすが名所だけあって見ごたえがあります。
いつものところでいつものアングルで撮る自分マンネリさに苦笑していました。
  
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2007年11月26日

錦を映す金鈴峡 







連休の中日、保津峡、清滝、高雄、嵯峨野、嵐山と歩きました。
JR保津峡駅から清滝までの「錦雲峡」は、期待ほどの紅葉はなく、そのためか人出もすくなくて、おかげで静かな山歩きを楽しめました。途中なんでもないようなところで、老ハイカーが転落して血だるまになり救急を呼んでいるところに出会いました。他人事とも思えず用心、用心と自分に言い聞かせました。清滝から高雄までのこれもよく似た名の「金鈴峡」コースはさすがにハイカーで賑わっていました。
清滝川の清流に紅葉が影を映して水面が光り輝いて見えました。
  
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2007年11月25日

雑踏に霞む紅葉 







3連休の中日、嵐山は紅葉狩りの人出で終日混み合っていました。
渡月橋から嵯峨野へ続く道路は、片道交通規制ではあっても車の通行が許されていたのに、歩行者が隙間なく車道にはみ出して、「ここは歩行者天国ではありません」とのお巡りさんの連呼もものかは、すっかり歩行者天国化していました。
というわけで、保津峡、清滝、高雄、嵯峨野、嵐山と欲張って回ったこの日の紅葉狩りの報告は、終点の込み合う嵐山となりました。京の紅葉は明日以降にご報告します。
  
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2007年11月24日

大門寺の紅葉









茨木市から亀岡へ通じる道をすこし行ったところにある神峰山大門寺は、知る人ぞ知る紅葉の名所です。
静かなたたずまいの中の参道や境内は、ご住職が自ら集められたというたくさんの石臼や古瓦が敷き詰められて、独特の雰囲気を醸し出しています。
参道や山門付近は紅葉の盛りにはいま少しといったところですが、本堂の前の楓は見事な赤でした。
いま一度訪れて参道に散り敷く紅葉を楽しむつもりです。

  
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2007年11月23日

洛北の紅葉  







秋が深まると紅葉狩りのはしごです。
亭主に負けじと家人も紅葉を求めて出歩いています。
19日、三尾から、清滝、嵐山と洛北の紅葉の名所はいずれもすばらしい紅葉だったようです。
めったにないことですが、妻の写真を借りての、秋深まる京都の紹介です。
  
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2007年11月22日

高槻随一の街路樹 




市バス寺谷町線、芝谷古墳前バス停付近からの欅並木の黄葉です。
植樹されて20数年以上経たここの並木は、春の新緑、夏の木陰、秋の黄葉と四季それぞれに市民を楽しませてくれます。
昔この地に槻の木(ケヤキの古名)の大木があったところから高槻市の名があり、このことからケヤキは高槻市の市民の木となっています。箒を逆さまに立てたような枝振りの樹形は堂々として美しいものですが、街路樹としては大きくなりすぎて手入れが大変な上、大量の落ち葉や、根が家屋の床下に伸びるなどで住民の苦情があり、市としては今後ケヤキを街路樹には使わない方針とか、すこしさみしい感じがします。
  
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2007年11月21日

箕面の紅葉は今  


紅葉は滝道の入り口のほうが早い



豊かな樹相の箕面の山



滝の付近の紅葉は色づき始め

19日、箕面を訪れました。植物観察が目的の会でしたが、もっぱら紅葉の箕面を楽しむ会となりました。
講師のお話によると、大阪湾から吹き上がる暖かく湿った気流と、北方から流れる冷たい気流が、起伏に富む箕面の山に複雑な影響を与えて、大変興味ある植生相を呈しているといいます。
紅葉は滝の付近ではすこし早い感じでしたが、これも気流の関係とかで滝道の懸かりのほうが見事に紅葉していました。
箕面の紅葉はまもなく盛りです。
  
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2007年11月20日

紅葉する万博「紅葉渓」



遅いといわれる今年の紅葉ですが、ようやく平地でも色づき始めたようです。
ここ万博自然文化園の「紅葉渓」でも多くの人々見事に紅葉した楓を楽しんでいました。
万博公園には、フウを含めて約20種類のカエデ類が植えられて、秋を彩っています。
  
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2007年11月19日

EXPOMATSURING YOSAKOI in 万博公園



出を待つ外人グループ


先週末の万博公園は無料公開日。
好天に恵まれ、大勢の入場者は、秋色に染まる万博自然園を楽しんでいました。
中でも、太陽の塔前の広場が開放されて、いまブームのヨサコイソーラン踊りのコンテストが行われ、
外国人を含む多数の踊り連が終日熱演していました。
  
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2007年11月18日

卑弥呼の墓?箸墓 


東側から見る箸墓、後方は三輪山





桜井市箸中の国道沿いにある箸墓と呼ばれる古墳は卑弥呼の墓ではないかとの説もある話題の多いお墓です。
全長272mの前方後円墳で、管理する宮内庁の正式の名は「孝元天皇皇女倭迹々日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)墓」となっており、日本書紀に彼女と夫である大物主命との説話が出てきます。いろいろなことがあって、自らの女陰(ほと)を箸で突いて命を絶つた姫が葬られたのがこの箸墓だといいます。
書紀には、昼は人が造り、夜は神が作ったとの記述があり、この墓が当時として大工事であったことをものがたっています。
父に当たる孝元天皇(8代)そのものが実在を疑問視されている欠史九代の中の天皇ですから、この姫が実在したかどうかは怪しいことになります。
一方邪馬台国大和説の立場からは、箸墓が卑弥呼の墓説が出るのもさほど不自然ではありません。
いずれにせよ、秋の気配が漂うこの美しい墓を見ていると、誰かは知らずとも、たおやかな女性の墓に違いないように思えてきます。
  
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2007年11月17日

山の辺の道・長岳寺 




山の辺の道を歩きました。JR柳本駅からさほど遠くない山手に、四季いろいろの花で名高い釜口山長岳寺があります。
歴史は古く824年淳和天皇の勅願によって創建された古刹で、幾多の盛衰を重ねながらも法灯が守り続けられ、いまも多くの参詣者があとを絶ちません。
花の寺の名のとおり、大門をくぐると両側に植えられたヒラドツツジの大きな生垣が続き、花時の見事さが想像できます。
池を隔てて、ようやく紅葉する楓の間から、阿弥陀三尊がおわす本堂が眺められました。
  
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2007年11月16日

紅葉の六甲・有馬③ 






温度97°cの金泉(赤湯)泉源。塩分と鉄分が多く、特に塩分濃度は日本一



炭酸泉源。昔は砂糖を入れてサイダーとした。また名物炭酸せんべいの名前の由来にも


おなじみの有馬温泉の歴史は古く神代に遡り、有馬温泉の守護神として名高い湯泉神社の縁起によれば、泉源を最初に発見したのは、神代の昔、大已貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)の二柱の神であったといいます。道後、白浜とともに日本三大古泉に数えられ、古くは日本書紀に舒明天皇が631年約3ケ月滞在した記録があるなど、昔から皇族、貴族、文人などに愛されてきました。
1192年荒廃した有馬温泉を大和の僧仁西が復興し、12の宿坊を開いたのが、今も坊という宿が多い由来だといわれます。
湧き出し口では透明で空気に触れると錆色に着色する塩分と鉄分をふくむ含鉄強食塩泉の「金泉」、それ以外の透明なラジウム泉、炭酸泉などの「銀泉」があり、それぞれに「金の湯」「銀の湯」という外湯があり650円で誰でも楽しめます。もちろん阪急電車六甲・有馬ONEDAYチケット(昨日の記事)にはこの入湯券がついています。
  
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2007年11月15日

紅葉の六甲・有馬② 










秀吉が使ったという石の碁盤

2500円也の阪急電車の六甲・有馬ONEDAYチケットを用いての六甲・有馬周遊は、ケーブルカーやロープウエイからのすばらしい景観や、徒歩でゆっくり巡った名所など、車では味わえない楽しいものでした。
有名な有馬温泉瑞宝寺公園の紅葉は名所の名に恥じず見事に色づいていました。有馬を度々訪れた太閤秀吉は「いくら見ても飽きない」とここの紅葉を気に入ったという故事から、この地の紅葉には「日暮らしの庭」の別称があり、この庭で秀吉が碁を指したとされる石の碁盤が庭内に残っています。
真偽のほどは別としても、この庭で斜陽に映える紅葉を見ているとこの話も本当に思えてきたことでした。
  
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2007年11月14日

紅葉の六甲・有馬① 




六甲から有馬はいま紅葉真っ盛りです。
六甲・有馬ロープウエイから見る六甲から有馬温泉に至る紅葉谷一帯の谷筋の気候は、六甲山地の他の地域とは異なり東北地方に似ているといわれ、豊かな森の象徴とされるブナやイヌブナの混じった落葉広葉樹林が点在します。もっともこれらの分布は限られており、全体でもブナは100本程度とされ、幼木はほとんど見当たらないそうで、その保全・保護が気がかりなところです。
それでも裏六甲側のこの山腹は、ブナのほかクリ、コナラ、カエデ、タムシバ、シデの仲間など新緑や紅葉の美しい樹木が多く六甲山随一自然林をなしています。
  
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2007年11月13日

猛威を振るう外来植物 




天満橋から堂島川を見下ろすと大量の緑の浮き草が流れています。
ボタンウキクサ別名ウオーターレタスの子株が遊離して流れているのです。
当初水槽での観賞用に輸入されたと考えられるこの草は野生化して、その猛烈な繁殖力で様々な問題を生じており、今では外来生物法による特定外来生物に指定され栽培、販売、譲渡が原則禁止という厳しい規制がかかっています
ここ淀川では数年前からワンドなどのよどみに猛烈に繁茂し、その結果、水面を覆って日光を遮り、水中の酸素濃度を下げ、また冬季枯れた残骸が川底に沈むことから、天然記念物のイタセンバラの絶滅が危惧されるなど深刻な問題を投げかけています。
途切れることなく流れ下る大きな葉を見ていると、外来植物にかく乱されるわが国の生態系の危機を思わずにはいられませんでした。
  
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2007年11月12日

堂島川に行き交う船 




少し時間待ちがあって天満橋近くの堂島川べりのベンチで休みました。
30分足らずの間にいろんな船が行き交っていました。
都会のど真ん中のこの川も思った以上に船の交通が頻繁です。
  
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2007年11月11日

日没前後の大阪の顔  








昨日の記事の続きです。
スカイビル屋上から見る大阪駅界隈のビル群が夕日に照らされて、やがて都会の夜が訪れます。
そして日が沈み、大阪の町はまばゆい夜景に移り変わってゆきました。

  
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