2007年09月04日
渡岸寺十一面観世音菩薩

観音様は撮影禁止:枠内は高月町のhpより借用
昨秋、たまたま渡岸寺の名でも知られる湖北高月町の向源寺に立ち寄りました。あいにくご本尊の国宝十一面観世音菩薩は国立博物館に出開帳でお留守でしたが、この菩薩様が井上靖の「星と祭り」の題材になっていることを知り、急に興味が湧いて、文庫本で500頁を超えるこの作品を読了しました。本を読んでぼろぼろ涙を流したのは何年ぶりかのことでした。
それから1年足らず、伊吹山頂に花を見に行った帰りに回り道をして渡岸寺を再訪しました。
収蔵庫慈雲閣にお帰りになっていた菩薩様は、6尺5寸の長身をわずかに腰のあたりでひねって、仏身ながら官能的ともいえる豊麗さで、慈しみを湛えていらっしゃいます。
その昔聖武天皇の天平八年、疱瘡が大流行したので、除災のため僧泰澄に勅してこの十一面観世音を彫らしめ祈祷をこらしたと伝わります。
「星と祭り」では琵琶湖で娘を亡くした父親が、どうしても娘の死を受け入れられません。最初は憎しみさえ覚えた娘と共に死んだ青年の父親が、湖北の観音様を巡っては息子の弔いを続けるのを見て、やがて自らも湖北の観音を巡礼します。最後に、共に満月の湖上で、観音のご来迎を幻視して、やっと娘のための殯(もがり)が終わったことを悟ります。
渡岸寺の観音様は、戦火のため堂宇はことごとく烏有に帰した時、村人たちは猛火を冒して仏像を搬出し、土中に埋蔵して難を逃れたといいます。湖北地方に点在する数多くの古い観音様は、かりに住職不在でも、今なおこういった村人たちの手で守り伝えられていると聞きます。
「星と祭り」に、娘の父親が友人とネパールへ満月を見に行く場面があります。今年の3月ネパールへ行ったのも少なからずこの小説の影響がありました。旅行の途中、空港の待合で「星と祭り」を読んでもう何回もネパールへ来ているという人と偶然会って話をしました。



