2007年08月31日
岡山県立森林公園

29日、岡山県立森林公園へ行ってきました。
岡山県が「明治百年記念事業」として、鳥取県との県境近く、岡山県鏡野町にひろがる334haを整備し「岡山県立森林公園」として昭和50年開園したものです。
尾根筋にはブナやミズナラなど、日本海型の落葉広葉樹の自然林がひろがるほか、清らかな清流沿いの湿原にはバイケイソウ、ザゼンソウ、オタカラコウなどの湿原植物が彩りを添えるなど、四季を通じて変化する見事な自然環境をつくっています。
園内には管理センターのほか、延べ21kmにおよぶ、変化に富む沢山の遊歩道が整備されており、利用者の興味や体力に応じたコースを選ぶことができます。

2007年08月30日
奥津温泉

岡山県立森林公園へ行った帰り、美作三湯のひとつ奥津温泉美人の湯で汗を流しました。
かつては岡山藩の湯治場であったという奥津温泉はまた藤原審爾の「甘い夜の果て」の舞台となったところとしても知られており、1862年、岡田茉莉子、長門裕之主演で「秋津温泉」の名で映画化され話題を呼びました。町の真ん中を流れる吉井川の上流の美しい渓谷がこの映画のロケ地になったそうです。
河原にふたつの露天風呂があり、そのひとつが洗濯湯といわれ、日・祝日の朝行われる茜たすきの娘さんたちによる足踏み洗濯は有名です。

2007年08月29日
柴島浄水場

阪急線でもJR線でも大阪に近づくと、大阪市の柴島浄水場が見えます。
この浄水場の正面入り口に、「送水喞筒」と表示のある赤レンガ造りの建物が見えます。大正3年に建てられ、昭和61年まで主力ポンプ場として活躍してきた旧第1配水ポンプ場で、ネオルネッサンス様式といわれ、国の登録有形文化財に指定されています。
この建物は今では「水道記念館」として使われて、水道の歴史とくらしをテーマにしたいろいろな展示があります。琵琶湖・淀川水系の自然と魚たちというコーナーもあり、例のイタセンパラもここで見ることができます。入場無料、夏休みも終わり近く、子供連れの来館者で賑わっていました。
入り口の赤いのぼりには「ほんまや」とありました。高度処理されれた自信の水道水をボトルにつめて1本100円で売っているのです。蛇口をひねれば出てくる水道水の瓶詰め、売れていますかと聞いたら笑っていました。
2007年08月28日
イタセンバラ:幻の魚

淀川のワンドに住む天然記念物のイタセンパラ(コイ科)が、ここ2年間1尾も発見されず、淀川では絶滅したのではないかと心配されています。
全長約10cm、河川敷内の池などに生息し、おもに付着藻類を食べます。
そのイタセンパラが、国内で許された2箇所の1つ、大阪市柴島の水道局で、繁殖され展示されています。繁殖はなかなか難しいらしく、この水道局の飼育でも、目標500個体にたいして、何年もかかって稚魚を含めてまだ300個体といいます。
日本では淀川のほか、富山平野と濃尾平野の川にしか生息していないそうです。絶滅危惧種のイタセンパラが自然の川で泳ぎまわる日が戻って来るのはもはや夢になってしまったのでしょうか。
写真は動きが早く水槽越しのためすこしぼけていますが、確かにイタセンパラの泳ぐ姿です。
2007年08月27日
干潟再生実験

JR京都線で新大阪を出てすぐ淀川鉄橋から見える「干潟再生実験中」の 看板が気になっていました。
たまたま、国交省外郭の河川環境管理財団主催の「干潟を楽しもう」という催しがあったので参加してきました。イベントの舞台はすこし下流の十三干潟(昨日の記事)でしたが、せっかくですから上流のJR鉄橋下の実験場を見てきました。
丁度大潮に近い干潮時でしたので、干潟はすっかり干上がっていました。干潟の生き物を狙って鳥たちが集まっているかと思ったのですが、実際には中洲より本流寄りで餌をあさっていました。貝やゴカイより魚のほうがよいということかもしれません。
淀川の水も段々きれいになって、水生生物も住みやすくなっているみたいですが、一方ブルーギルやブラックバスなどの外来種が急増し、これにつれて在来種が急激に減少しているといいます。難しいものです。
2007年08月26日
都会の潮干狩り

大勢の人々が、高層ビルの林立する景色の中で潮干狩りを楽しんでいます。
25日、淀川河川敷・十三干潟で、国交省の外郭団体である河川環境管理財団が行った「淀川の自然を楽しむ会」の、「干潟を楽しもう…淀川の水生生物とシジミ取り…」イベント風景です。
近年淀川の水も徐々にきれいになり、一帯の汽水域で見られる水生生物の種類も数も増えているそうです。
国交省お墨付き?の安全な淀川河口のシジミです。潮干狩りの話題と共に、しじみ料理が今夜の食卓を賑わせたことでしょう
2007年08月25日
地蔵盆 ②

旧芥川宿(旧西国街道)西端、芥川橋のほとりに近接して3つも地蔵堂があり、昨夜もそれぞれ地蔵盆のお祭りをしていました。
一番東のお地蔵さんは、赤ん坊を抱いていて、聖母マリヤにも似て、隠れキリシタンに関係あるとの説があるとか、歴史好きの話題になる珍しいお地蔵さんです。(写真1)
東橋詰の地蔵さんは、この街道の地上げ工事をしたとき掘り出されたのを近在の人でお祀りしたといいます。これが地中に埋もれていたのかと思うくらいすらりとした美形の地蔵さんです。(写真2)
実は孫娘の父方の祖父母が芥川町に住んでおり、2人の孫娘が生まれたとき、おじいちゃんが孫の名を入れた提灯を奉納したと聞いていたので、あるいはと思い見に行ったのですが、世話方さんの話では、3~4年で使われなくなるとのことで残念でした。
古い宿場町の皆さんにきれいに化粧してもらって祀られているお地蔵さんたちは、本当に慈愛に満ちたお姿で、町の人々を守ってござらっしゃりました。

2007年08月24日
地蔵盆 ①

8月24日(古くは旧暦7月)は地蔵菩薩の縁日で、その前日の宵縁日を中心にした3日間を地蔵盆といって、古い在所や町並の道端のあちこちでお祀りしているのを見ることができます。
この風習は京都、滋賀、大阪など関西で特に盛んに行われます。
子安地蔵など中世以降地蔵菩薩は子供の守り神として信仰されるようになったことから、地蔵盆は子供たちの無事な成長を祈る風習として広まりました。子供が生まれるとその名を書いた提灯が奉納され、地蔵盆の夜には点灯されます。また子供たちの手で香華を手向けたり、集まった子供たちにお供えものを配ったりします。子供が主役であるべき地蔵盆ですが、近年子供たちの姿がめっきり減ったのは寂しいことです。
JR駅に程近い笠松地蔵尊の地蔵盆は、お土産を山盛りにして子供たちを待っていましたが、時間が早かったのか女の子が独りだけポップコーンの袋を頂いて帰ってゆきました。
2007年08月23日
トワイライトコンサート

昨夜、隣の茨木市のホテルで開かれたトワイライトコンサートを聴きに行って来ました。
この季節茨木市音楽芸術協会主催して約2週間毎夜開くもので、来場者にはドリンク付き,駐車無料のサービスがあります。
この夜は木村真由美さんが率いるハンドベルアンサンブル「星の雫」の演奏でした。
日本の民謡や叙情歌、真夏のクリスマスソングなど大人も子供も楽しめるプログラムで、本場のイギリスに特別注文した大形のハンドベルの美しい音色がロビー一杯に鳴り響いていました。
2007年08月22日
丹後天橋立大江山国定公園

猛暑の中、丹後半島で総勢22名2泊3日の体験型学習のスタッフ責任者として参加してきました。
単に丹後半島の自然を楽しむだけではなく、産業、歴史、伝統、あるいは過疎と衰退に悩む農村や農民の姿などに触れ、また森林整備作業を体験して、そこから何かを学び取ってもらおうという欲張りな催しでしたが、参加者はシニア中心でしたが、厳しい残暑にめげず終始熱心に学習する姿には頭の下がる想いでした。
拠点となった「丹後海と星の見える公園」は、Eco-future parkの名のとおり、自然と遊び自然に学びながら、未来志向の公園を自分たちの手で作ってゆこうという野心的な公園です。
折りしも、8月3日この地区一帯は「丹後天橋立大江山国定公園」に指定されました。
今後は日本三景の天橋立にだけ頼ることなく、丹後半島全体が歴史的資源を含めた文化景観として、注目を浴びてゆくことでしょう。
2007年08月15日
芙蓉

連日の猛暑ですが、芙蓉の花が朝の冷気に鮮やかに浮かび上がっています。
“芙蓉”は本来、蓮の花の別称で美人をたとえる言葉でもあります。そんなことからこの芙蓉は別名をモクフヨウ(木芙蓉)とよばれます。美人と同義の名を持つくらいですから、芙蓉が真夏を代表する美しい花であることに誰も異存はないでしょう。
桃色の花は、朝開きその日のうちに凋む一日花で、直径10~12cmの杯状、1本の雌蕊の先端が5つに分かれ、その下に雄蕊がつくというハイビスカスの仲間の特徴を示しています。
蛇足をひとつ、有名な旧一校寮歌「ああ玉杯に花うけて」の第2節“芙蓉の雪の精をとり 芳野の花の華を奪い…”の芙蓉は芙蓉峰で、花ではなく富士山の別称です。
(お断り:明日から6日間ほど休みます)
2007年08月14日
フィラデルフィア美術館展

印象派と20世紀の美術、西洋近代美術の巨匠たち47作家の珠玉の77作品という触れ込みの、フィラデルフィア美術館展(京都市美術館)へいってきました。
盆休みの最中とて、混雑を覚悟していましたが、猛暑のせいか案外閑散としていて、ゆっくり観賞でき、珍しくあまり疲れない美術展でした。
会場を出て美術館の写真でもとカメラを向けたら、普段あまり気にならなかった平安神宮の鳥居の大きさに驚かされました。
2007年08月13日
ツバメの塒入り
家の二番子ツバメたちも、(8月6日記事)、巣立ち後数日間は巣に戻ったり、近くを飛び回ったりしていましたがやがてどこへやら飛び去ってしまいました。多分仲間のいる塒の場所に集まっていったのでしょう。
そのツバメの塒入りを見に、観月橋の近くの宇治川堤防へ行ってきました。2万羽とも3万羽ともいわれるツバメの大群が、日没とともに、群れを成して河原の葭原に塒入りする姿は実に壮観です。
南の国へ帰る日までここに寝泊りし体力を養うといいます。親ツバメが全体の2割くらい、残りは今年うまれた若いツバメたちです。無事南の国へ帰り着くのは全体の半分、さらに来年日本に戻ってくるのはその半分とか、ツバメたちには厳しい前途が待っています。
頭上、あまりに近く、時速250km近いスピードで飛ぶツバメをカメラでとらえることはできませんでした。やむなく去年奈良平城京宮址で撮影したものを載せます。

2007年08月12日
高槻の夜景

夜、上の口へカラスウリの花を撮りに行きましたが、一昨年あったはずのところに見当たらず空振りで引き返しました。
帰り道、東城山町地付近できれいな夜景が見えたので、カメラを向けました。
手ぶれしないようにしっかり持ってシャッターを切ったつもりですが、帰ってパソコンに取り込んでみると、手振れが思いがけず面白い効果を出していました。

2007年08月11日
堀江オルゴール博物館

帰ってきた孫たちと芦屋にある堀江オルゴール博物館を訪れました。
今春亡くなった堀江さんというプラスチックで財をなした方が一代で蒐集した世界のオルゴールの逸品330点余を展示しています。
そのすべてが、常に動く状態で整備されているのも珍しいことです。
若い女性のガイドがつく演奏プログラムは月々変わるので、リピートしても楽しめます。
大阪湾を見下ろす高級住宅街にあるこの博物館では、優美な音楽とともに、上品で穏やかな時が流れてゆきます。
館内は撮影禁止です。写真はロビーでのものです。
2007年08月10日
洪水の受け皿「深北緑地」

大東市への墓参りの帰り道「深北緑地」(寝屋川治水緑地)を覗いてきました。
ここ寝屋川の流域は低地のためしばしば洪水被害があったため、大雨で増水のとき、深野池一帯のこの緑地に、146万㎥の水を溜め込み、浸水から街をまもるためつくられたもので、普段は公園として市民の憩いの場所となっていますが、災害を防ぐための多目的遊水地の機能をもつ公園となっています。
高台から見ると、真夏のこととて公園であそぶ人影もまばらでしたが、壮大な目的を秘めた近代都市の景観に人知の大きさを見る想いでした。
2007年08月09日
遠い花火

食事中音がしているのに気がつきあわてて、遊びに来ていた孫たちを連れて、近くの中学校の上へ急ぎました。
花火の写真は、ある程度近くであれば、さほど難しくはないものですが、高槻からみる茨木の花火は、遠くて光量が足りない上、運動場の柵越しで、それも手持ちの撮影とあって、ほとんどが失敗でした。
かろうじて花火らしきものが写っていたのが上の2枚です。
来年はもう少し事前に準備して再挑戦するつもりです。
2007年08月08日
芥川の源流は京都?

高槻市を流れる芥川の源流は、樫田地区の樫船神社東、奥の池を上へ登ってすぐのところといわれています。
しかし流量と流域の長さからいうと、出灰川のほうが本流のようにも思えます。
京都市の外畑地区の先にある大原野森林公園近くで、出灰川はすでにかなりの水量を湛えて流れています。
信州白馬村の国道沿いに姫川源流というのがあります。日本海へ流れ込む姫川の源流というのですが、実際にはすぐ下流の白馬連峰から流れ下る松川などの支流のほうがはるかに水量も流域も大きいのです。“源流”の定義とは何なのか、芥川の例と思い合わせてよく分かりません。
2007年08月07日
白いキツネ

ポンポン山の東西尾根にはさまれた谷筋にオオキツネノカミソリがいま真っ盛りです。
保護管理区域として、入山には事前に京都市へ届けが必要となっているなっているこの谷は、ありのままの自然が残されています。8月3日に紹介した茨木市の車作は、きれいに下草が刈られて、整備され花園の様になっているのに比べ、こちらは枯れ木や倒木があちこちにあり、それはそれで野趣のある景色になっています。
谷を遡って行く途中、白い花のオオキツネノカミソリがありました。
植物学的には通常シロバナは、アルピノといわれる突然変異による色素欠損現象で、普通1個の劣性遺伝子に支配される形質で、これが繁殖することはあまりありません。
難しいことはさておいて、この白いキツネノカミソリとの出会い、言葉ほどの怪しさはなく、むしろ可憐でした。
2007年08月06日
巣立ち前日の2番子ツバメ

初夏、最初のツバメが巣立ったのち、違う親なのかどうか、別に巣作りを始め、3羽の2番子が育ってきました。
一昨日、餌を咥えて帰ってくる親ツバメと子ツバメをしばらく眺めていました。おどろくことに親ツバメは、よほど視力がよく機敏なのか、飛び立って帰るまで1分とはかからず餌を運んできます。
この写真を撮ったその翌日2番子たちは巣立ちました。最初2羽だけ巣立ち、一番小さいのが出遅れて心配でしたが、半日遅れて全員巣立ちました。
巣立ちの日はまだみんなが待つ塒には行かず、生まれた巣に戻って一夜を明かしています。
成長した子ツバメは、やがて河原の葭原などの塒に集まり、南に帰る日まで力を蓄えます。
帰るツバメは、2:1で今年生まれた若ツバメだそうです。そして来春帰ってくるのはその3分の1、子ツバメたちの前途は厳しいのです。




