2007年07月15日

変わる樫田 


野中に忽然として出現したシャトー?

高槻の北部地区樫田は、昭和33年に高槻市に編入されるまでは京都府南桑田郡樫田村でした。
標高約400mの盆地の田能を中心に、二料、出灰、中畑、杉生の5村があったのが、明治23年の町村制実施で各村を大字とし、樫船神社(7月11日記事)の樫と田能の田をとり樫田村となりました。
その後自動車交通の発達などにより、村民の高槻市への編入希望が高まり、幾多の困難を乗り越えて、当時難しいとされていた京都と大阪という行政区域を越えての編入合併が実現しました。
この1週間、このブログで樫田地区の歴史と風物を紹介してきました。まだまだ古いよき姿の残る静かな山村ですが、時代は確実にこの地の風景にも変化をもたらしています。
いつの間にか緑の中にけばけばしい色のお城が出現していて驚きました。老人養護施設のようですが、これも時代の流れとして、やがては田園の風景に溶け込んでゆくのかもしれません。
これで8日間続いた高槻北部樫田地区シリーズを終わります。記事は高槻青年会議所編の「ふるさとの風土・高槻」を参考にさせていただきました。

市役所樫田支所前の合併記念碑
  
Posted by むかご at 06:27Comments(1)TrackBack(1)