2007年07月11日

平家落人伝説(?)の村


高槻北部田能地区にある樫船神社は、この土地の鎮守様です。
鎌倉時代初期の創建と伝えられるこの社殿には、木彫りの神像3体と長さ35mの船の模型が安置されています。
昨日書いたようにこの地区一帯は、昔は高槻へ出るまともな道もなく、交通はもっぱらここから一里半という亀岡でした。この地にはその亀岡にまつわるこんな伝説がありました。“昔々、亀岡盆地は一面の湖だった。神様が来て人の住めるようにしようと、この村の大きい樫の木を切り倒して船を造り、これに乗って湖の周囲を調べ、ここというところで昼夜兼行で岩を削り水の落とし口をつけた。こうしてできた谷が今の保津峡となった。これでよしと、用済みの樫の船をひょいともとの山へ投げ返した。それが今の樫船神社になった”船のお宮さんだから、山の上にあるのに安芸の宮島の海に建っている形の鳥居がこの山中にもあるのだというのです。"神様が岩を削るのに使った鍬は、この村の下の方に置いとかれた、そこがここから亀岡への道筋にある今の鍬山神社となった。“
面白い話ですが、この地区は平家の落人が隠れ住んだ里だという説があり、この船伝説も、身を潜めながらも一族の神への信仰を持ち続けた落人たちが、それをカムフラージュするためにつくった話ではないかというのがむかごの考えですが、いかがでしょうか。  
Posted by むかご at 07:02Comments(0)TrackBack(0)