2007年05月31日
利尻岳:海に浮かぶ名峰: 北海道シリーズ⑤

利尻岳(1721m)は、裾野を海面まで広げ、利尻富士の言葉通りその優美な姿を海上に浮かべています。約100万年前、海底火山により古利尻島といえる高まりから始まりその後何回かの火山活動や、地殻変動などを経て現在の利尻島ができたと考えられています。
頂上付近は、全体のおだやかな姿とは異なり、固い溶岩と火山噴出物が何層にも重なり合い、長年月の風化や氷雪の力で深い谷が形成され、山頂付近は毎日のように崩落が続いているといいます。
快晴のもと、2時間40分の船旅の間じゅう、飽きもせず山の姿に見入ったことでした。
2007年05月30日
野寒布岬: 北海道シリーズ④

5月23日、空は見事に晴れ上がり、稚内から利尻島へ向かうフェリーが出港してまもなく、野寒布岬越しに残雪を頂いた利尻岳が驚くほどの大きさで目に飛び込んできました。
この大きさは感覚的に船が島に近づいてもあまり変わらなかったと感じたのは、夕日が大きく見えるのと同じで、手前の建物の大きさとの比較感から来たものなのでしょう。
2007年05月29日
ニシン番屋:北海道シリーズ③

オロロン鳥(ウミガラス)の名がつけられたオロロン街道は、北海道西海岸を一路北へ向かう、海岸線が美しい道路です。
その途中にある小平町の道の駅は、移設されたニシン御殿ともいわれるニシン番屋です。
今ではすっかりさびれましたが、明治から昭和の初期にかけての北海道西海岸はニシン景気で湧きました。
ニシン番屋は網元ややん衆(漁師)が寝泊りした大きい建物です。このニシン番屋もいまでは数えるくらいしか残っていないといいます。
近年、極度に不振だったニシン漁も僅かながら復活の兆しもあると聞きます。かつてのようなニシンの群来が再現するようなことがあったら番屋はどんな形で復活するのでしょうか。
2007年05月28日
サロベツ原野: 北海道シリーズ②

稚内の約50kmほど南に、サロベツ原生花園が広がります。利尻・礼文・サロベツ公園国立公園に含まれるこの原野は東西約5~8km、南北約27kmあり、低地における広大な泥炭地になっています。
後1月もすると黄色いエゾカンゾウが咲き乱れるこの原野も、この時季は一面の枯れ笹が広がり、僅かにヒメシャクナゲ、ホロムイツツジ小さい花がつつましげに咲いているだけでした。
2007年05月27日
桜の北海道 (北海道シリーズ①)

22~25日と利尻・礼文へ季節の花を訪ねる旅をして来ました。
初日、全国的に夏日となりましたが、札幌から稚内への6時間のバス移動の途中、ハイウエイオアシスでは、丁度桜が見ごろでした。
セイヨウタンポポが広場を黄色に染めています。こんなところまで外来種一色かとがっかりでしたが、よく聞くとセイヨウタンポポは昔北海道の人が食用にするために移入したのが、ここから全国に広がったとかで、なんとなく納得しました。
しばらくは初夏の道北の風景をご紹介しましょう。
(礼文・利尻の花は「むかごの日記」をご覧ください)
2007年05月21日
卑弥呼の鏡:青竜三年の丘

997年7月、高槻市北東部安満山で、墓地公園拡張計画の調査時古墳が発見され、安満宮山古墳と命名され、本格的な発掘調査が始まりました。墳丘、墓坑、木棺などの遺構が現れ、なかでも話題を呼んだのは、青竜三年(235)の銘がある鏡や三角縁神獣鏡など数多い古墳時代(3世紀後半)の出土品でした。これらは景初三年(239)邪馬台国の卑弥呼が魏から送られた銅鏡100枚の一部とも見られています。
現在この古墳はガラスシェルターの中で、築造当時の姿に復元整備され、安満宮山古墳「青竜三年の丘」として公開されています。
いまこの丘に立って南を見下ろすと、眼下に淀川が流れ、大阪平野が広がります。見える景色こそ当時とは大違いでしょうが、古代この地方の支配者がここを墳墓の地として選んだ理由がよくわかる気がします。
(お断り:留守をしますので明日から26日まで休載します)
2007年05月20日
グランドゴルフ :老人パワーここにも

5月17日、明け方の雷雨もうそのように晴れて、高槻市芝生の市営グランドで、市の老人クラブ連合の第9回グランドゴルフ大会が開かれました。奥本市長の祝辞などもあって、400名もの男女の熟年グランドゴルファーが五月晴れのもと熱戦を繰り広げました。
鳥取県の泊村の村民が作り出したというこのゲームは、ゴルフと同じく個人プレーであること、ルールが簡単なことなどで、急速に全国へ広がり、下火のゲートボールに代わって、老人はもちろん年代を問わず大人気です。
ゴルフならホールインというところを、トマリといいます。ゲームが発明された泊村の泊を取ったそうですが、田舎の村から広がった珍らしい例です。
2007年05月19日
もう一つのハコ物

高槻芝生の陸上競技場です。第3種公認の陸上競技場で、400mトラック6レーン、よく整備されたフィールド部分では主な陸上競技はもちろん、サッカー、ラグビーなどの球技が行えます。
高槻市にはほかに萩谷運動公園に、立派な野球場やサッカー場があり、今はどうなったのかわかりませんが、新しいスタジアムを建設して、Jリーグチームを誘致する話もありました。
人口35万の中核都市とあれば、いろいろとものいりのようです。
2007年05月18日
伏見の十石船

伏見の酒蔵、月桂冠の大倉酒造の裏から出る遊覧船は、宇治川の派流を下って、高瀬川と合流し、旧三栖の閘門までを往復します。
江戸時代に旅人を乗せて大坂と伏見を往来した三十石船に代わり、いまは一回り小さい十石舟です。
10分ほどで、濠川と宇治川の水位を調節して舟運を助けた三栖の閘門に着きます。昭和4年に完成した当時は年間2万隻以上の船が通行したという閘門も、淀川舟運の衰退と、大規模な宇治川の改修でその役割を終え、今では歴史遺産として保存が計られています。
十石船から見る伏見の酒蔵は、豊かな水と、濃い緑の柳に映えて、岸から見るそれとはまた一味違う景色です。
乗船料金千円也を払うと、ちゃんと伏見の酒の小瓶が付いてきました。
2007年05月17日
伏見の酒蔵

酒蔵の街伏見は、宇治川派流沿いに並ぶ大手酒造の蔵は有名ですが、少し足をのばして横大路三栖大国町にある松本酒造の酒蔵も写生や撮影のお奨めのスポットです。
川越しに見る長い瓦屋根、黒い板壁、整然と並んだ白枠の窓はそのまま酒蔵の歴史を語っているようです。
その上、酒蔵に沿って流れる川が、かの角倉了以が掘削した歴史上も名高い高瀬川であるというのもここの風景にふさわしく、なんとも嬉しいことです。
2007年05月16日
霧のブナ林

日光に透けて見えるブナの新緑(5月5日記事)はすばらしいものですが、霧の中のブナもまた格別です。
ある写真家は、霧の中に浮かぶブナの新緑を“空気まで緑色”と表現しました。
この写真は岡山・鳥取県境に広がる標高約1000mのブナ林でのものです。深い霧で空気は緑色ならぬねずみ色になりましたが、白、黒、緑などの地衣類や蘚苔類がついてブナ特有のまだら模様を呈する樹皮が霧の中にほのかに浮かんで幽玄ともいえる景色を作り出しています。
(写真は妻が撮ったものですが、悪くない出来なので借用しました)
2007年05月15日
5月の薔薇園

若園バラ園(茨木市)の薔薇が見ごろです。園内には水の流れを取り入れたせせらぎや展望台があり、140種2200株もの薔薇が咲いていて、訪れる人々を楽しませてくれます。
花の女王にふさわしく、古今東西薔薇にまつわる話は数多く限りがありません。古代ヨーロッパやアラビヤなどでは薔薇の香りは神への捧げもの、悪霊を払い病気をなおす薬とされました。ローマ皇帝ネロやクレオパトラなどは桁外れの量のバラの花やバラ水、バラ油などを浪費したという話があります。ナポレオンの王妃ジョセフィーヌもバラ好きで、庭園にバラ園を作り、研究や改良をさせ、この中のブルボンローズが中国系のバラと交配されて近代バラの基礎となる品種が生まれたそうです。
年々多くの新品種が発表されてきました。様々な色や花容とともに、ネーミングの面白さを楽しむのも一興です。
2007年05月14日
鵜殿に踊り子集団

高槻淀川右岸河川敷の鵜殿にオドリコソウ(踊り子草)の群落があります。
明治時代に渡来したヨーロッパ原産で繁殖力の強いヒメオドリコソウ(姫踊子草)が、畑や道ばたを占拠してしまったこのごろ、日本古来、本家の踊り子草を見かけるとほっとした気持ちになります。
花の形が笠をかぶって踊る人の姿を思わせるところからこの名があります。
ヒメオドリコソウに比べて、背丈が高く、花も大きめで、花色は白、クリームからピンクまで変化があり、上品な感じです。
すこし花の盛りが過ぎた感じですが、外来種の攻勢に負けず健気に咲く踊子草に拍手を送りりたい気持ちです。
2007年05月13日
帰ってきた金蘭

近くの散歩道にキンラン(金蘭)が咲いていると友人が知らせてくれたのは1昨年のことでした。
急いで見に行くと1本だけで、それも花が1つというはかなげな存在でした。
翌年同じ時季に見に行くと、心配していたとおりすっかり消えていました。
先輩の話では、この付近でもあちこちで見られたというこの花は、いまでは全国的に珍しく、環境省のレッドデーターブック絶滅危惧種第2類に指定されています。
僅かな望みをもってことしも見に行きました。ありました!一昨年と違う場所にそれも2本もあったのです。
ここではもう見られないのかと半ば諦めていたので大喜びでした。
鮮やかな金色の花をつけるのでこの名がある金蘭は、雑木林などに生える多年草で、花は4~5月、茎の先に3~10個上向きにつき、直径1.5cmほどで、唇弁に赤い筋があります。
人が通りかからないのを確かめて夢中で写真を撮ったあと、心無い人に見つかって盗掘などされないでと念じながら、そっと枯れ枝で目立たぬようにして立ち去ったことでした。
2007年05月12日
静寂の背割堤

植物調査の用があって、葉桜の背割堤を訪れました。
4月、花見の客で賑わった堤も(4月12日記事)いまは通る人とてまばらで静まりかえっていました。
しょざい無げな管理人さんに聞きますと、意外にもこの長い背割堤に植わっているソメイヨシノの数は僅か250本、植えられたのは昭和53年だといいます。それにしても、よほど生育条件がよいのか、あるいは手入れがいいのか、30年少しでこれだけ立派に成長しているのは驚きです。あまりにも見事な大木ばかりなので、もっと多くの本数が植えられていると錯覚していたのかも知れません。
2007年05月11日
雨に濡れるアカシア

昨10日は、低気圧の通過で、前日の暑さがうその様に冷たい雨風でした。
近所に多いハリエンジュ(別名ニセアカシア:マメ科ハリエンジュ属)の満開の花が雨に濡れています。このニセアカシア、どういうわけか日本では“アカシア”で通っています。
白秋の「この道」、清岡卓行の「アカシアの大連」のアカシアは、札幌と大連の風景からこのニセアカシアで間違いなく、西田佐知子が“アカシアの雨に打たれてこのまま死んでしまいたい”と歌ったアカシアも状況からこのニセアカシアと見るのが自然でしょう。
北アメリカ原産のマメ科の落葉高木で、丈夫で成長が早いため街路樹や砂防用に広く植えられ、野生化しているのも多く見られます。5月頃白い蝶形花が集まった長さ10~15cmの花穂が垂れ下がってつき、芳香があります。蜂蜜源にもなります。
ところでニセでないアカシアは何かというと、マメ科フサアカシア属で、フランスでミモザとも呼ばれて春先に黄色い花をつけるフサアカシア(4月1日記事)の仲間をいい、南半球で約600種以上も分布しています。
アカシアの真贋論議は結構ややこしいのです。
2007年05月10日
山に咲く藤

街では藤の花はあらかた散ってしまった様子ですが、家の近くの山路では、まだほとんど満開です。
藤には、昔から栽培されて、いろいろな改良種もあるフジまたはノダフジと呼ばれる品種と、ヤマフジといわれる品種があります。長い花穂で有名な春日神社や宇治平等院の藤はフジ(ノダフジ)で、花穂が長く、花は上(元)から下へ順次咲き進みます。これ対してヤマフジ(山藤)は、花穂が短く、花もほぼ同時に開きます。
ややこしいのは山に咲いているからといって必ずしもヤマフジではないということです。写真の藤も山中に咲いていましたがヤマフジではなく、フジ(ノダフジ)です。花の様子の違いのほかに、蔓の巻き方が、フジは時計的に見て左巻き、ヤマフジは右巻き(時計回り)であることで両者の区別ができます。
2007年05月09日
ケヤキの森市民大学:自然観察会
高槻市生涯学習センター主催、ケヤキの森市民大学春季講座の第一回自然観察会が、市内寺谷町バス停先で行われました。不肖このむかごめも、仲間のグループ員とともに案内役を務めました。
さわやかな五月晴れのもと、30数人のネイチャー好きの講座生は、公民館での学習の後、新緑の遊歩道に咲く花々などを熱心に観察していました。
なかでも、環境省の絶滅危惧種に指定されている、いまでは珍しい花に出会うことができたことで、出席者の満足度も高かったようです。
2007年05月08日
マロニエ?:高槻に擬似シャンゼリゼ

JR高槻駅北口バス道の街路樹にいま赤紅色の房状の花が咲いています。
傍らの掲示板にはマロニエと書いています。マロニエならヨーロッパ各地の街の並木でおなじみです。
高槻にもパリのシャンゼリゼを思わせる並木道を作るなんて高槻市もしゃれたことをする、といいたいところですが、ひねくれのむかごはまたまた少し首をかしげています。
マロニエは、セイヨウトチノキの別名ですが、ここに植えられているのは正しくは、セイヨウトチノキ(マロニエ)と北アメリカ原産のアカバナアメリカトチノキとの交雑種で、ベニバナトチノキという品種なのです。
ベニバナトチノキはトチノキほど樹形が広がらず、比較的若木でも紅色のきれいな花をつけるので、近ごろでは街路樹によく使われるようになっています。
ベニバナトチノキもマロニエの仲間と考えれば、4月21日記事「卯の花の怪」とおなじ伝ですので、こちらもあまり目くじらを立てないようにしましょう。
2007年05月07日
市民の木:欅(ケヤキ)
高槻北部、真上から芝谷町、寺谷町にかけてのバス通りのケヤキ並木が鮮やかな新緑で通る人の目を楽しませてくれています。
「槻」は「欅」(ケヤキ)の古語で、ケヤキは際立ってよく目立つという意味の古語ケヤケキ、ケヤケシから来ています。
高槻の地名は昔、高月であったのが、この地に大欅があったことから高槻に改められたそうです。そんなところから欅は高槻の市民の木に選定されています。
箒を逆さまにしたような樹形が美しく、街路樹や公園によく植えられています。
ここの街路樹は、樹が大きく、樹容も優れていて、市内随一ともいえる美観を呈しています。
ただあまりにも大きくなる木だけに、剪定や落ち葉の管理が大変で、市としては今後街路樹に欅を植えない方針だとか聞きます。せっかくの市民の木なのに寂しいことです。



