2007年04月30日

昭和の日の昭和山


昨日29日は初の昭和の日。西日本は高気圧い覆われて見事に晴れ上がりました。
大阪市大正区に昭和山という、人口山があります。地下鉄工事で出たダンプカー60万台分の残土を使って盛り上げられたこの山は、標高33m、港区の天保山にちなんで、昭和の代にできたからとこの名がつけられました。当初の露な土の塊だった山は、時は移っていまでは緑豊かな市民の憩いの公園になっています。
頂上に立つと、六甲、金剛、葛城などの山並みととともに、大阪港付近に架かるいろいろな形の橋見渡されて、面白い景観になっています。
  
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2007年04月29日

紫の絨毯 


万博公園森の舞台の土手を紫一色の絨毯に織り上げているのはムラサキサギゴケです。
田んぼの畦など湿ったところに多い多年草で、送出枝(ランナー)を出し四方に広がります。地面一杯に広がるので苔の名がついていますが苔ではありません。
春4~5月淡い紫色の唇形花をつけます。もともとこの仲間で花の白いのをサギゴケ(鷺苔)または(サギシバ)鷺芝といい、そこから紫色の花をつけるのをムラサキサギゴケ(紫鷺苔)と呼ぶようになったと思われます。しかし実際には白花は少なく紫全盛です。  
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2007年04月28日

市の花「うのはな」(卯の花)の怪


JR高槻駅北口の植え込みに白い花が咲いています。何の花かと近づいてみて驚きました。
立派な表示板があり“うのはな:-市民の花―ユキノシタ科とあって、うのはな「うつぎ」ともいう”云々と書いてあります。ところが咲いている花は、ウツギではなくヒメウツギだったのです。
本当の卯の花は、まだつぼみも固い段階で、高槻では花は咲いていません。
卯の花(ウツギ)は、葉に星状毛があって触るとザラザラしますし、花柄、花弁の外側、萼などにも毛が多くついていて、ややごつごつした感じです。
ヒメウツギはウツギ(卯の花)に比べて、小形で、葉が薄くて、星状毛も少なく、全体に柔らかい感じです。花期も卯の花より少し早くなっています。
ウツギもヒメウツギの同科同属で、近い仲間ですのであまり目くじらを立てるほどのことでいかもしれませんが、いやしくも市が、市の花を紹介するのに、間違った花を植えるのはあまりいただけません。
園芸業者は営業上よく知られた名で、類似で様子のよい草木を売ることがよくあります。コムラサキをムラサキシキブ、アマドコロをナルコユリなどがその例です。たぶんこのヒメウツギもウツギ(卯の花)として売ったということでしょう。  
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2007年04月27日

「虞や虞や汝を奈何せん」 


ヒナゲシ:雛罌粟・雛芥子(ケシ科ケシ属)は、ほっそりした草姿と小型の花からこの名がつき、虞美人草ともいいます。「虞や虞や汝を奈何せん」は、司馬遷の史記の有名な四面楚歌にある詩の一部です。
最後まで愛人の虞美人に心を奪われて不利な戦況になった項羽は、虞の胸を刺し通して、城を落ちのびます。この血が流れた地面から咲き出した真紅の花を人々は虞美人草と呼びました。
西アジア原産の一年草で、葉は羽状に分裂し、茎葉全体が粗い毛に覆われます。細長い花柄の頂端に直径5~6cmくらいの杯状の4弁花をつけます。ケシ科特有で、つぼみのときには花梗は曲がって下向きにうなだれ、開花時には直立して上向きになります。自生種は紅色ですが今では多彩な園芸種があります。美人草、萌春花、ポピー、麗春花などの別名もあります。
万博公園花の丘でこの雛罌粟が今盛りです。  
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2007年04月26日

リンゴ並木


終戦直後のスーパーヒットソング「リンゴの歌」は並木路子でした。
いま高槻市古曽部から別所に通じる路の並木は珍しいヒメリンゴ:姫林檎です。
姫林檎は、エゾノコリンゴと中国原産のイヌリンゴの雑種と考えられています。
すこし盛りを過ぎた姫林檎の薄紅色の花は晩春の雨にぬれています。街路樹の写真は、邪魔なものがある、樹の間隔が広いなどでなかなか写真にし辛いものです。この姫林檎もなかなか絵になりません。やむを得ず根元から生え出たヒコバエに咲いた花を撮りました。

ここの林檎も、小さいけれど立派に赤い実をつけます。人間が食べないのはわかるにしても、どういうわけか小鳥たちも食べないのか、去年の秋は、干からびるまでいつまでも枝に残っていました。  
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2007年04月25日

桜の苑変じてツツジの苑 


高槻の隣り茨木市の山奥、美山地区に、桜の苑という市営の小さな公園があります。
3日まえ、まだ桜が残っているかと訪ねましたが、さすがに桜はほとんど終わっていました。それだけではなく、何年か前には咲き誇っていたはずのソメイヨシノがテングス病なのか、哀れに衰えた姿を曝していました。
でも、芽吹き始めたカエデの紅色をおびた若葉の間からもれる光のなかで、満開のコバノミツバツツジが鮮やかな紅紫色に輝いて、さながら躑躅の苑に変身していました。
訪れる人影もない山間でしばし春の競演を楽しんだことでした。  
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2007年04月24日

名残の霞桜 


里のボタン桜を除いて山野の桜はほとんど葉桜になりつつあります。
箕面の山の木々も浅緑の若芽で光り輝いています。新緑のところどころに、はかなげに白い花をつけている木が見えます。遠くからではよくわかりませんが、多くはカスミザクラ(霞桜)といわれる山桜です。開花時の花の様子を霞にたとえてこの名があります。
ヤマザクラより標高の高いところに生え、花期も同じ場所ではヤマザクラよりもかなり遅くなります。
山桜のしんがりを務めるカスミザクラは、早くも初夏の気配が満ちる山中にあって、主役の交代を象徴するかのようにあくまでも控えめな姿です。
(山桜は自生の桜全般を指し、ヤマザクラは、その中のヤマザクラという特定の品種を指します)  
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2007年04月23日

郷愁のレンゲ田


高槻市真上町のバス通り沿いの田んぼに一面レンゲ(蓮華)が咲いています。
マメ科の特性として根粒菌で空中窒素の固定をすることから、昔は緑肥として田んぼに鋤き込むために農家の多くがレンゲの種を蒔いたものです。
高槻でも三嶋江地区などでは地域の人々がグループで観光用のレンゲ田を育てていますが、最近は化学肥料全盛で、一般の農家が田を肥やすためにレンゲを作ることはあまり見られなくなりました。
それに、何年か前に近所の農家がレンゲを蒔いたところ、大勢の人が遊びに来て田を踏み荒らすだけではなく、ごみクズや空き缶を捨てて帰るので一年で止めてしまったことがありました。
こどもたちが無心に遊ぶレンゲ田の風景もやがては遠い郷愁になりそうです。  
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2007年04月22日

高槻で通り抜け 


低温が続いて花もちがよかった桜も、さすがに4月も20日過ぎとなれば葉桜が目立ちます。
その中で高槻塚原地区日赤病院前の大通りで500~600mも続く両側のボタン桜の並木が今真っ盛りです。
ここのボタン桜は、花の総もたっぷりで、何よりも薄紅の色合いがよく、一見の価値は十分あります。
街路樹の写真は邪魔物が多く車の往来もあって結構難しいものです。車の合間を縫って撮った一枚ですが残念ながら実際のほうがはるかに見事です。  
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2007年04月21日

ドウダンツツジ(満天の星) 


JR高槻北口の植え込みでドウダンツツジが白い壷型の小さな花をいっぱいつけています。
分枝の形が結び灯台(昔宮中で夜間公事に使われた照明器具)似ていることからドウダンツツジ:灯台躑躅の名があります。
星をちりばめたように咲くことから、またの名を満天星躑躅と書き、最近はこちらのほうがぴったりということでよく使われます。
下向きにつく白い釣鐘型の花は、訪れるハナバチが採蜜しやすいように進化したものといわれ、花とハナバチの強い結びつきを示しています。
釣り下がった花を下から見上げると、満天の星のかなたに宇宙を模したようなACT AMOREの円蓋が見えていました。  
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2007年04月20日

芝桜 (貸し農園に咲く)


高槻清福寺町近くの貸し農園の隅に芝桜が咲いています。
野菜作りに少し疲れて花にしたのでしょうか。誰に見せようとなく咲いた花であってもそれなりに見事に咲いています。
桜のような5弁の花が咲き、芝のようにひろがる性質から芝桜の名がありますが、ハナツメクサ(花爪草)や、モス・フロックスの名があります。北アメリカ原産の多年草で、花期には、株全体が覆われるほどびっしり花をつけます。花の色はピンク、紫、白などがあり、各地の公園などで絨毯のように各色とりまぜて芝桜を植えているのをよく見かけます。  
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2007年04月19日

高槻で山桜を見る


高槻原地区から田能を経て亀岡に続く府道6号枚方亀岡線沿いの山のそこここに、今山桜が満開です。有名な本居宣長の「敷島の 大和心を 人問はば 朝日に匂ふ 山桜花」は、宣長六十一歳のときの作で、「大和心とはどういうものかと人に訊かれれば、朝日の照り輝く潔く美しい山桜のようだと答えよう」といった解釈が一般的ですが、この歌が戦時中、桜のように潔く散る(死ぬ)のが日本精神なのだと曲げて解釈されため、山桜に複雑な想いを持つ人もありますが、今全盛の花だけが一面につき豪華な感じのあるソメイヨシノより、素朴で品のある日本古来の山桜を好む人もまた多いようです。
桜は、一般的には、自生種を「山桜」、園芸種を「里桜」として表し、片仮名書きで「ヤマザクラ」と書けば自生種の中の1品種名としてのヤマザクラの意味になります。
いわゆる山桜にはヤマザクラのほか、オオヤマザクラ、カスミザクラ、エドヒガンなど種類も多く、色や花期も様々です。花期の遅いカスミザクラはこれからが本番です。吉野まで行かなくても高槻近辺で結構山桜の競演が楽しめます。今からでもどうぞ。

  
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2007年04月18日

榎の花 


高槻郡家新町の素盞鳴尊神社の小さい参道脇に数本の榎あり、いま薄黄色にいろづいています。
新芽かと近づいてみると、黄色い小さな花が一杯についているのでした。。
この木は昔から目印として街道の一里塚に植えられたことから、いまでも各地に古木が多く残っています。国蝶オオムラサキの食草としても知られており、秋に赤褐色に熟す直径6~8mmの実は、美味しいほどではありませんが食べられます。
江戸板橋の縁切り榎は有名で、和宮御降嫁の際中仙道の途中にあるこの榎を避けるため行列が遠回りしたとの逸話がありますが、名古屋地方ではこの木を戌亥の方角に植えると福榎といって喜ばれるといいますから、縁起も忌みも処によって異なるようです。
  
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2007年04月17日

芥川一里塚 


JR高槻駅西口から少し歩いたところ西国街道芥川宿跡東口に、芥川一里塚があります。
西国か街道は西国街道は8世紀の山陽道の後身にあたり約8.1kmにわたり市域を東西に貫き、京から大宰府に通じ8世紀の山陽道の後身にあたり約8.1kmにわたり市域を東西に貫き、淀川と並ぶ交通の要所でした。一里塚は、1里(約4km)ごとに街道の両脇に塚を築き、エノキなどを植えて、街道の路程の目印としたものです。
榎の大木を背に、ビルに囲まれた芥川一里塚には、小さな祠があり、近所の人の手で大事に守られています。写真の老人、やおら鍵束を取り出して、扉を開け始めました。なにをするのかとみていると、中の賽銭箱から、お金を取り出しました。コッソリ覗いてみると、コインが数個、それもほとんどが銅色でした。
  
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2007年04月16日

篠山城址の桜(今年の見納め?)


15日、丹波篠山城址に桜を見ました。これで3年連続になります。
ひとつには篠山は花期が遅く、大阪でなかば散ってしまっても、ここはまだ間に合うほか、少し足をのばせばカタクリやイチリンソウ、ニリンソウ、エンゴサクなどの山野草の群生地があるからでもあります。
篠山城は、江戸時代時代初期に、西の守りの要として築城にかかったものの、事情で天守閣は築かれず、堀や石垣などの外構だけで終わっていますが、その石垣がまた美しく、なまじ天守閣などなくてよかった気さえします。
花は少し盛りが過ぎた感じでしたが、城の遺構に見事に調和してすばらしい景色でした。
  
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2007年04月15日

海津大崎



湖北海津大崎の桜並木も見事です。毎年のように妻と花見ドライブを楽しむのですが、今年は妻が友人と行ってしまいましたので、やむなく妻が撮った写真で楽しむ羽目になりました。
桜の花越しに見る、春の湖、浮かぶ竹生島、行き交う遊覧船、何を撮ってもそのまま一幅の絵になります。


湖上に浮かぶ竹生島

  
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2007年04月14日

窓から花見 


高槻へ引越してきていつの間にか20年、来た年に家の前の土手に植えた数本のソメイヨシノがずいぶん大きくなって、立派に花をつけています。
いまでは通りがけの人が立ち止まって花を見上げるシーンも多くなりました。
下の町では、葉桜になりかけていますが、大阪駅前のビル群が見えるこの高台では、桜も数日は遅く、夕べの雨風でやっと散り初めました。
窓外の花を見ながら、一杯ならぬ、コーヒーで花見です。

  
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2007年04月13日

西国街道芥川堤 


昔、男が長年懸想していた良家の姫君をやっとのことで連れ出して、背負って走り、芥河(芥川)というところで、夜もふけ、雨になり、雷さえ鳴り始めたので、荒れ果てた蔵に押し込めて、戸口で見張っていたが、朝になると女は姿を消していた。雷鳴にまぎれて鬼が一口で食べてしまったらしい。男は地団太踏んで悔しがるがどうすることも出来なかった。という話が伊勢物語の第六段にあります。
実はこの姫君は、後に二条天皇の后になる高子の若いときの話で、鬼というのは姫の兄弟が取り返しに来たという話だそうです。
“やわややわと 重みのかかる 芥川”の古川柳までうまれた芥川の堤の桜が今満開です。行き交う人々は、古典で有名な場所とは知らぬげに通り過ぎてゆきます。
  
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2007年04月12日

満開背割堤 


桜満開の長い堤

桜の写真を撮るには、独立の木なら奈良県大宇陀の又兵衛桜、集合なら八幡市の背割堤と、写真のプロに近い人がいっていました。
毎年桜のはしごをする私ですが、特にここ背割堤だけは何年も欠かしたことはありません。
風格ある古木でありながら樹勢今なお盛んなソメイヨシノが、宇治川と木津川の二つの川に挟まれた長い堤に、途切れることなく咲き誇っています。
土手の緑、川の流れ、青い空、美しくカーブした堤の桜、すべてが見事に調和して、行き交う人々の姿までが結構な点景になっています。
背割堤の桜は文句なしに天下一品です。

行き交う花見のひとも景色に溶けこんで
  
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2007年04月11日

花見のはしご 



年をとると後何回桜を見られるのかとの思いが強くなり、毎年桜を追いかけて花見のはしごになります。
山科毘沙門天への参道入り口の疎水脇の桜が満開です。両岸に植えられた菜の花の黄色と桜の花が絶妙の取り合わせとなっています。
  
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